らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「鉄塔 武蔵野線」銀林みのる










今夏休み真っ盛りです。
小学生にとって夏休みというのは、大いなるロマンをかき立てられる時空間です。
冒険心をくすぐる、何かが起きるような予感がする、
そういう思いにずっとワクワクしていられる、夢のようなひとときです。

自分が小学生の時、堤防の土手で友達と遊んでいましたら、
堤防の向こう側に一面に広がる田んぼの中、
鉄塔がぽつんぽつんと等間隔に並んでいるのを見ました。

その鉄塔の形や等間隔に並んでいる姿が妙に美しく、
一体それはどこまで続いているんだろうかと、子供心に想像に馳せていたものです。

この小説は、夏休みの少年の、

そのようなわくわくした冒険心を豊かに描いた作品です。








主人公の少年も異形ともいえる不思議な鉄塔の姿に思わず魅せられます。

「その日鉄塔は何か不思議な蠱惑をもって私を惹きつけたのです。
鉄塔は夏の強烈な陽光を反射吸収散乱して立ちはだかっていました。
私は鉄塔の挑戦を受けて立とうと決心し、鉄塔の下まで駆け着けました。」

そして、それに近づいた際、鉄塔に番号が振られているのを発見します。
武蔵野線75-1」

それを番号順に辿っていったら、いったいどこに行き着くのだろう。
ここから少年の冒険が始まります。

冒険とは、つまるところ出会いです
様々な鉄塔との出会い、夏の風景との出会い、そして人との出会い。

この小説を読んで初めて知りましたが、
鉄塔というのは全て同じではなく、実に様々な形があるものです。
男型鉄塔、女型鉄塔、婆ちゃん鉄塔、姐ちゃん鉄塔、ピッコロ鉄塔、アキラ鉄塔、怪獣鉄塔など、
主人公の少年は2こ下の相棒アキラ君を伴って、
番号を遡って、それぞれに思い思いのアダ名をつけながら、鉄塔を巡っていきます。


みなさん、どちらが男型鉄塔で、女型鉄塔かわかりますか?










主人公の少年の凄いところは、
一つ一つの鉄塔を番号順にきちんと辿って、それぞれの形状を全て把握し、
鉄塔の行き先には秘密の原子力発電所があるに違いないと、

終止、分析的理系的に考察をしているところです。

自分はもっと大雑把にロマンを求めていましたね(笑)


自分は、かつてバイトで中学受験の小学生の塾講師をしていましたが、
今の子供達は夏休み、塾で大忙しです。
果たして、この小説の主人公のごとくワクワクする出会いをしている子供は
どれだけいるのだろうかと、ふと思うことがあります。
知識を整理し、時間内にテストで良い点を取るトレーニング、
つまり、時間内に適切な処理をするという事務処理能力、
それは、人間のたくさんの能力の中の一つを鍛えているにすぎません。
それが悪いとは言いませんが、ほんの一つの能力にしか過ぎないのです。

未知なものと出会うこととの美しさ、ワクワク感、ドキドキ感。
そういうものを心に一杯詰め込んでおくことは、
大人になってから何か一歩を踏み出す時、自身を支える勇気と力の源となるものです。

そういう体験を、夏休み塾通いの子供達はしているのだろうか。
頭でわかっているかもしれない、理屈でわかっているのかもしれない。
しかし、体でそれを感じているだろうか。
大人になって、夏の空気が頬をさわった時、それを思い出して、再び心に感じ取ることがあるのだろうか。

物語は終盤、思わぬどんでん返しのような形でハッピーエンドとなります。
なんでも映画化を機に、ラストを大幅に加筆し改変したのだとか。
確かにそれは、映画的映像的に見映えのするオチがついているといえます。


しかし、少年の夏の思い出にオチがある必要はないのです。
この物語でいえば、極端なことを言えば、鉄塔を全部回り切れなくともいい。


なぜなら、夏の日の少年の思い出とは、

彼の心の中で、ひとりでに大きく成長してゆくものなのですから。