らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「紫陽花」泉鏡花





今回は泉鏡花の「紫陽花 」です。

泉鏡花の作品は、私達が普段慣れ親しんでいる口語体ではなく、擬古文で書かれており、
今の我々には少々読むのに骨が折れるものではありますが、
この耽美的で、静謐かつ美しい物語は、口語体は表現できなかったでしょう。

文語体が織りなす独特のリズムが、その美しい雰囲気を形づくっていると感じます。


「ちかきころ水無月中旬、二十日余り照り続きたる、
けふ日ざかりの、鼓子花ひるがおさへ草いきれに色褪せて、
砂も、石も、きらきらと光を帯びて、
松の老木おいきの梢より、糸を乱せる如き薄き煙の立ちのぼるは、
木精こだまとか言ふものならむ。
おぼろおぼろと霞むまで、暑き日の静さは夜半にも増して、
眼もあてられざる野の細道を、十歳とおばかりの美少年の、
尻を端折はしより、竹の子笠被りたるが、跣足はだしにて、
「氷や、氷や。」と呼びもて来つ。」

氷売りの美少年は、お付きを連れた高貴な女性と出会います。
女性は氷を所望するも、
少年は、継母の意地悪で炭を引いた鋸を持たされたので、
氷を切るとその表面が黒ずんでしまう。

女性はその受取を拒む。

削っても削っても少年の氷は黒いまま。

遂には氷は最後のひとかたまりになってしまい、
それも地に転がっていってしまう。

そこで、少年は、思い余って、最後の氷のひとかたまりを拾って、
女性の手を引き、駆け出してゆく。

「少年はためらふ色なく、流に俯して、
掴み来れる件の雪の、炭の粉に黒くなれるを、その流れに浸して洗ひつ。
掌にのせてぞ透し見たる。
雫ひたひたと滴りて、時の間に消え失する雪は、はや豆粒のやや大なるばかりとなりしが、
水晶の如く透きとほりて、一点の汚もあらずなれり。 」

少年のいじらしさ、
そして、その純粋でいたいけな心を見透かしたかのような水の透きとおった美しさ。

それを見守るように水辺にひっそりと咲く紫陽花。

この紫陽花の色は、この物語の情景を象徴するものに感じさせます。
皆さんは、この作品を読んで、どのような色の紫陽花を想像したでしょうか。

物語の読み方においては、逐一その細かい筋道や言葉の意味が気になって、
それを追うのに終始してしまうことがありますが、
ここではそれをあまり気にしないで、
ゆったりとした気持ちで、この美しい文章の音感にひたってみてください。
できれば、小さく声に出しながら何度か。

そうすれば、自ずから、水辺に咲いている紫陽花の、
美しい花の色が浮かんでくるものと思います。










「紫陽花」泉鏡花