「和宮様御留」前編 有吉佐和子
幕末の動乱期、公武合体により時の将軍徳川家茂に降嫁した皇女和宮。
縁の発端は政略結婚だったとはいえ 、
同じ年頃の二人は非常に仲睦まじかったと伝えられています。
そして、夫家茂が若くして亡くなった時、
妻である和宮はそれを嘆き悲しみ、
自らの髪を切り、それをお棺の中に入れさせたと記録されています。
縁の発端は政略結婚だったとはいえ 、
同じ年頃の二人は非常に仲睦まじかったと伝えられています。
そして、夫家茂が若くして亡くなった時、
妻である和宮はそれを嘆き悲しみ、
自らの髪を切り、それをお棺の中に入れさせたと記録されています。
そして、それから100年あまりが経ち、
戦後になって徳川宗家の菩提寺増上寺の区画整理の際、
そこに葬られている徳川家所縁の貴人の方々の墓の調査が為されました。
そこで、不可思議な事実が判明。
和宮の墓の中の遺骸の髪の毛と家茂の墓の中に添えられていた髪とが、
別人のものであることがわかったのです。
徳川家茂の棺に入っていた女人の髪の毛は一体誰のものであったのか・・
これは、そのような歴史ミステリーに触発され、
関東に降嫁した和宮は替え玉だったという衝撃的なストーリーを描いた作品です。
戦後になって徳川宗家の菩提寺増上寺の区画整理の際、
そこに葬られている徳川家所縁の貴人の方々の墓の調査が為されました。
そこで、不可思議な事実が判明。
和宮の墓の中の遺骸の髪の毛と家茂の墓の中に添えられていた髪とが、
別人のものであることがわかったのです。
徳川家茂の棺に入っていた女人の髪の毛は一体誰のものであったのか・・
これは、そのような歴史ミステリーに触発され、
関東に降嫁した和宮は替え玉だったという衝撃的なストーリーを描いた作品です。
まず、なぜ和宮降嫁にそのような替え玉を仕立てる必要があったのか。
生来、和宮の足が悪く、びっこを引いていたため、
それを人に晒されるのを彼女が激しく嫌がったことが、直接の理由とされていますが、
しかし、その根はもっと深いところにあります。
小説の中で、京の公家衆は、時の権力者徳川将軍家のことを、
「関東の代官」と蔑みを込めて呼んでおり、
そういう意識はどこから来ているかと申しますと、
徳川幕府の、皇室、公家に対する圧迫は大変なもので、
二百数十年にわたって彼らは京の狭い内裏の中に押し込められて生きてきました。
小さな内裏という空間に閉じ込められ、ほんの僅かばかりの食い扶持を与えられ、
つつましやかに生きるのを強いられた彼らの最後の命綱は、
自分たちは高貴であるということへのプライド、自負心といったものであったと感じます。
一般の者がみると、?というような格式も、
それは公家達が、唯一、自分達のもつアイデンティティである
高貴というプライドを守るため、不可欠なものであったのです。
生来、和宮の足が悪く、びっこを引いていたため、
それを人に晒されるのを彼女が激しく嫌がったことが、直接の理由とされていますが、
しかし、その根はもっと深いところにあります。
小説の中で、京の公家衆は、時の権力者徳川将軍家のことを、
「関東の代官」と蔑みを込めて呼んでおり、
そういう意識はどこから来ているかと申しますと、
徳川幕府の、皇室、公家に対する圧迫は大変なもので、
二百数十年にわたって彼らは京の狭い内裏の中に押し込められて生きてきました。
小さな内裏という空間に閉じ込められ、ほんの僅かばかりの食い扶持を与えられ、
つつましやかに生きるのを強いられた彼らの最後の命綱は、
自分たちは高貴であるということへのプライド、自負心といったものであったと感じます。
一般の者がみると、?というような格式も、
それは公家達が、唯一、自分達のもつアイデンティティである
高貴というプライドを守るため、不可欠なものであったのです。
それが二百数十年の間鬱々と蓄積され、
幕末の混乱期に、幕府の力が弱まった途端、
その長年の悶々とした鬱積した塊が一気に爆発した。
幕末の混乱期に、幕府の力が弱まった途端、
その長年の悶々とした鬱積した塊が一気に爆発した。
誰が帝(みかど)の直系の血筋の者を関東の代官ごときに嫁がせようか。
そのあたりの公家のプライド、いや、怨念というべきかもしれません、
登場する公家達のたわいない会話からも、
そのような意識が読む者に如実に伝わってきます。
それらの会話は、決して憎しみや怒りを剥き出しにしたものではない、
一風、雅(みやび)ですらあります。
しかしながら、公家達の、一見穏やかに聞こえる会話の中に微かに含まれる、
皮肉、蔑み、憎しみのニュアンスに、
読んでいる者は、背中になんともいえぬひんやりとしたものを感じるのも事実です。
そこに和宮の替え玉という、一見禍々しいものが現れる素地があったのです。
そのあたりの公家達の屈折した心情を、
有吉佐和子さんは、公家達のたわいない会話やしぐさなどから、
非常に見事に表現しています。
まるで作者がその現場を見てきて、
本当にそういうやりとりがあったかのような臨場感を与え、
また、作品内の、独特の公家言葉によるやりとりを読んでいると、
まるで自分も、公家達の意識の中に入り込んでしまったような感覚になることがあります。
まさに緻密な考証に大胆な発想が合わさった歴史小説の名作、
ここ三十年ほどで書かれた作品の中で、