らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【閑話休題】残暑お見舞い申し上げます

 
 
 

骸骨も
暑さにうだる
御盆かな




残暑お見舞い申し上げます。

今年は終戦70年という節目で、
ちょうど今、戦争関連記事をまとめたアーカイブを書いておりまして、
ブログでのご挨拶が遅くなりました。申し訳ありません。

さて、お盆の法事も無事に終わり、
自分は首都圏に戻ってきて、通常の生活に戻っております。

法事は、僧侶の伯父も、ウチの母も、
どちらかは何かやらかしそうなキャラのですが、
幸いにも?さして記事になるようなことをすることもなく、
粛々と執り行われ、無事終了致しました。

父の実家のある寺は、日本で一二を争う暑さの
岐阜県多治見市にほど近いところにありまして、
日中はさすがに暑い。
墓石が、夏の太陽にかんかんに熱せられ、
その上に卵を落とせば、
石焼の目玉焼きができてしまいそうな暑さでした(^_^;)

そこで詠んだのが、冒頭の一句というわけです。


そういえば、僧侶の伯父が、ちらっと言っておりましたが、
最近はお盆休みなどに旅行に行かれる方も多く、
お墓参りに来られない方も結構多いそうです。
ニュースなど見ますと、そういう人のために、
今では墓参り代行業なるものも存在し、
代わりに花を代えてお線香をあげてくれるのだとか。

便利といえば、便利ですが、
墓参りというのは、自らすることで、亡くなった人間を思い返し、
生前の思い出を重ね合わせ、
亡くなった人が心の中に蘇ってくるというものです。

たまたま、その年は都合がつかなくて、
墓参りができないということもあるでしょう。
しかし、そのような場合でも、ふとしたほんの僅かな時間に、
亡き人を思い返し、その思い出にひたる。
そういう思いを遣(や)ることが大切なのではないかと感じます。


さて、世の中は、戦後70年の節目とは言いますが、
終戦記念日のブログの新着一覧などを見ますと、
何を食べたとか、どこで遊んだとか、
お休みということもあって、
いつも以上に、そのような記事がより多く掲載されているように見受けられました。
 
非難するつもりは毛頭ありません。
大変結構なことだと思います。
いろいろあるけれど、やはり日本人は平和を満喫しているのだと感じます。

しかしながら、それはあくまで自分自身の楽しみです。

日本語には、思いやりという言葉がありますが、
それは思いを遣るという意味であり、
思いを遣るとは、自分に対してではなく、
他の存在に対して思いを与えることであります。

今の世ほど自分の楽しみにかまけて、
自己に思いを注ぐことができる時代はないと思います。

しかしながら、今は幸せだという声もそれほど耳にしません。
ひょっとしたら、自己に思いを注ぐことに専心する生き方というのは、
必ずしも、人生を豊かにし、幸せにするものではないのかもしれません。

もちろん、戦争について、必ずしも細かいことなど知らなくてもいいですし、
終戦の日に直立不動で一日黙祷していろというつもりもありません。
ただ、70年前の暑い夏の日、
先人たちはどのような気持ちで、戦争の終わりを感じたのだろうかと思い遣り、
僅かでも、その人々と思いを重ね合わせようとすることは、
とても大切な事なのではないかと思うのです。


さて、ずっと続いている戦争関連記事アーカイブですが、
あと1つ2つ記事を書いて終わろうと思っています。
もう暫しお付き合いいただけたらと存じます。
 
 





 
まるで、思わず地から汗が噴き出したような形の入道雲
暑い日が続きますので、皆様くれぐれも御自愛ください。