らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「凧になったお母さん」原作 野坂昭如



野坂昭如氏は、自らの戦時体験(終戦時15歳)を基にして、
いくつかの戦争童話を書いています。
これはその中の一編です。

野坂氏の作品は青空文庫等では見ることができませんので、
まず今回はあらすじベースで記事を書きます。

なお、原作をアレンジしたアニメ版のあらすじはこちらです。
http://www.shin-ei-animation.jp/sensoudouwashu/modules/tako/
https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E7%AB%A5%E8%A9%B1%E9%9B%86/dp/B00FS31P1C
野坂氏といえば「火垂るの墓」。
皆さんもご存知の通り、戦争で両親を失ってしまった年端のいかぬ兄と妹の話で、
涙なくしては見られない戦争悲話です。

そして、この「凧になったお母さん」もまた然り。

しかしながら、「火垂るの墓」は、子供の心情描写がメインなのに対し、
「凧になったお母さん」は、お母さんの心情描写がメインになっています。

おそらく、自分などは、このお母さんと世代が近いせいもあるのでしょう。
自分の心が、お母さんの心とシンクロしてしまう部分があり、
読んでいて、とても切なくて、苦しく感じるものがあります。

頼みの夫が兵隊になって南方戦線に赴くときの不安な心。

いつも聞き分けのいい、幼子のカッちゃんが、時折、父親を恋しがってむずかるのを不憫に思う心。

食料が乏しくなり、カッちゃんの、ひもじい表情を見て、
着物と引き換えに、食料を分けてもらいに、遠い田舎まで汽車に乗って出掛けて行く心。

空襲警報を聞いて、落ち合うはずの防空壕に居らず、
慌てて捜したところ、自宅の押し入れの中で、無事にすやすやと眠りこんでいるのを見つけて安堵する心。

夫の戦死公報が届き、それをカッちゃんに知られまいと必死に涙をこらえる心。


お母さんはの幼いカッちゃんを、1人で懸命に守ってきたんです。


ある日、2人の住む町にB29が来襲し、大量の焼夷弾を落とし始めます。
燃え上がる家々。
その炎に追われて逃げるお母さんとカッちゃんですが、
お母さんは、幼いカッちゃんを連れて、遠くまで逃げることがでません。

やむなく駆け込んだのが、近所の、いつも遊んでいる公園。
業火に囲まれ、お母さんは、カッちゃんをかばうように、
覆いかぶさるように、その場にうずくまります。

熱風に晒され、カラカラに乾き、苦しそうなカッちゃんを見て、
お母さんは、滝のように流れる自分の汗を、かっちゃんの乾いた顔に塗り、
少しでも苦しみを和らげてあげようとします。

お母さんは、そうしているうちに、知らず知らずに涙が出てきて、
いろいろな思い出が頭を巡ります。
かっちゃんが生まれた日、ハイハイの思い出、
お父さんとかっちゃんと3人で、この公園でひなたぼっこをしたのは、
ついこの間のこと。

お母さんは、溢れる涙をありったけ、かっちゃんの頬に塗ってあげます。
しかし、そのうち煙にやられて、
お母さんは、涙も枯れ果て、もう目も見えません。

意識が朦朧とする中、かっちゃんが、お母さんの乳房を吸っているのを感じ、
必死に乳房をわしづかみして、母乳をしぼり出し、カッちゃんに塗ってあげます。
しかし、やがて母乳も尽きてしまいます。

次第に意識が薄れゆく中、
どこかにカッちゃんを潤してくれる水はないか、ミズミズと呪文のように繰り返すうち、
お母さんの毛穴から血が吹き出し、抱きすくめるカッチャンの体をしたたり流れます。
血はどんどん吹き出し、満遍なくカッちゃんを覆い尽くしたのでした。

実際、東京大空襲や原爆などでは、
母親が幼子をかばうような形の母子の黒こげの遺体がいくつも見つかっています。
その亡くなった方々も、この物語のお母さんと変わらぬ気持ちで我が子を守ろうとしたのかもしれません。

やがて火は衰え、炎上の煙は風に払われて、青空が戻ってきます。
カッちゃんが気づくと、自分に覆い被さっていたお母さんは、体中の水分を与え尽くして、
干物のように、からからになっていました。

この物語のお母さんのようなことは、実際には、ないのかもしれませんが、
作者は、空襲による炎の力の恐ろしさ凄まじさも表現したかったのでしょう。


そして、空襲の後に吹く強い風に吹き起こされ、
お母さんの体は空に舞い上がります。
「お母さん」とカッちゃんの叫ぶ声に振り返りつつ、
お母さんの姿は青い空に吸われ、
天女のように舞いながら、やがて見えなくなってしまいます。

お母さんが命をかけて守り抜いたカッちゃんも戦災孤児となり、
何日もじっと空を見上げて、うずくまって、
お母さんを待ち続けました。
8月15日終戦の日、お母さんが迎えに来て、
カッちゃんのやせ衰えた体も風に吹かれて空に舞い上がりました。

2人は空いっぱいに舞いおどりながら、どんどん空高く昇ってゆきました。

ここで話は終わります。

最後の場面、子供が独り取り残されて、衰弱して死に至るという下り、
火垂るの墓」でも同じようなシーンがありました。
いわゆる戦災孤児という存在は戦中から戦後にかけて街にあふれていたんでしょう。
現在と異なり、社会制度が整備されていたわけではないので、
彼らはいわば社会から捨て置かれた存在。
自力で生きることができなければ、死ぬしかなかったのでしょう。
まして、カッちゃんのような年端の行かぬ子供では…


今回は青空文庫収録作品でないため、あらすじ紹介で記事が長くなってしまいました。
原作の野坂昭如氏がどうして、このような物語を創作したのか、
自分なりに、次回のエピローグで書いてみようと思います。明日あたりに。