らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【クラシック音楽】ラ・フォル・ジュルネ バッハ ヨハネ受難曲



 

J.S.バッハヨハネ受難曲BWV245

ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
ミシェル・コルボ (指揮)


今年のラ・フォル・ジュルネ音楽祭、
自分のコンサートの最後を飾ったのは、
ミシェル・コルボによるバッハのヨハネ受難曲でした。

クラシック音楽の中で一番魅力的な楽器は何か。
と問われれば、いろいろなものが上がると思います。

ピアノ、バイオリンあたりが人気を二分するでしょうか。
あとは、クラリネットであったり、フルートであったり、チェロであったり、
それぞれ魅力的な楽器はたくさんあります。

しかし、やはり自分は、ここでは、人間の声というものを挙げたいと思います。

人間の声ほど、ひとつひとつ個性に富んだものはありません。
人の数だけ音色があるといってもよいでしょう。
それがひとつに合わり、ひとつの音楽に紡がれたときの美しさは、
例えようのないものがあります。

音楽というのは、現代音楽の一部の例外を除けば、
やはり基本は、人の喜び、怒り、哀しみ、祈り、
そういった人間の内なる感情の塊を凝縮して音に託した芸術です。

ヨハネ受難曲は、いわゆるイエス・キリストの最後の日々を描いた作品です。
弟子との最後の晩餐、弟子の裏切り、法廷で、たったひとり自らの信仰を貫くも、
十字架にかけられ、非業の死を遂げるイエス
それらの物語を幾多ものコラール(讃美歌)や合唱で構成されているのが、
このバッハのヨハネ受難曲というわけです。

そして、キリスト神学上いろいろな議論はありますが、
自分は、この音楽を、神ではなく、
自らの信念を最期まで貫いた人間の物語として、捉えたいと思っています。

そして、この曲を聴いていて、
不遜ながらも、それはバッハも同じではなかったかと感じています。

心の奥底から絞り出されるようにして紡がれる数多の音楽は、
人間の、ともすれば弱きに流れる心とそれを押しとどめる自らの信念との葛藤。そのせめぎあい。
最後のイエスの死に至るまで、その二つのものは絡み合い、紡がれ、
ひとつの力強い物語として完結しているように感じます。


ヨハネ受難曲の冒頭は、弟子の裏切りにより、
エスに追手が迫り来る緊迫のシーンから始まります。
それを察知しながら、逃げずに堂々と公衆の面前で、
自らの信仰を貫こうと秘めたる決意を抱くイエス

その緊迫感あふれる情景をバッハは見事な合唱で表現しています。
https://www.youtube.com/watch?v=rIcinMxNYBc


コルボの創り出す音楽というものは、非常に親しみやすくて温かいものです。
中には、表現をぎりぎりまで削ぎ落とした緊迫感あふれる透徹感のある演奏もあります。
それはそれで非常に素晴らしいのですが、
コルボのそれは、倒れそうになった者の肩を抱いてやり、自ら寄り添ってやるような、
又、はからずも途中で倒れ、うつ伏してしまった者を、
そっと撫でてやるような温かみが感じられるものです。

ヨハネ受難曲のラスト、十字架の上のイエスが一言呟いて息を引き取ります。
「我が事は成った。」
それに最後のコラールがかぶさります。
https://www.youtube.com/watch?v=umtpE3o3p58

神の栄光を賛美するというような神々しいきらびやかなものではなく、
ひとり自らの信念を貫き、息絶えた者に、
ゆっくりと柔らかい光が下りてきて、包み込むような、
横たわった体をいたわり、優しく撫でてやるような音楽。
果たして、この音楽を、人の声以外の楽器で表現することができるでしょうか。


曲の演奏が終わったのは22時半。
夜が更けていたにもかかわらず、観客は帰ろうとせず、
素晴らしい演奏に拍手を惜しみませんでした。
それは万雷の、というよりは、さざ波のように、いつまでも穏やかに鳴り響く
優しい春の波のような拍手でした。

それに、足を引きずるようにして、舞台に再び現れ、
観客の拍手に答えるミシェル・コルボ。
御年81歳。

ラ・フォル・ジュルネ2015のフロントページは、
その模様を捉えた写真を一番最初にもってきています。
なんとなくその雰囲気おわかりになりますでしょうか。
http://www.lfj.jp/lfj_2015/

クラシック音楽というのは交響曲の指揮者がやはり花形の存在で、
ミシェル・コルボが力を入れていた宗教曲の合唱のようなものは、
スポットライトからやや外れた地味な存在でした。
手兵のローザンヌ声楽アンサンブルを組織した時、ミシェル・コルボ27歳 。 
それから50年以上、地道にその活動に関わってきたことになります。

毎年、なんらかの形で、このラ・フォル・ジュルネに参加し、
素晴らしい演奏を聴かせてくれるミシェル・コルボ。

コンサートに行かれた方のツイッターによりますと、
終演後、奥さまと仲睦まじく、帰路につくコルボ夫妻の姿を目にされたとのこと。
いつまでもご夫婦お元気でいらして欲しいものです。