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はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【クラシック音楽】ラ・フォル・ジュルネ シューベルト 幻想曲 ヘ短調 D940



 
 
 
シューベルト:幻想曲 ヘ短調 D940

エマニュエル・シュトロッセ
クレール・デゼール
(ピアノ)


いろいろ書かせていただきました、ゴールデンウィークに行った
ラ・フォル・ジュルネのコンサート、最後の記事です。

今回、この音楽祭で、本当にいろいろな音楽と出会いましたが、
目を閉じて、頭をまっさらな状態で、印象に残ったメロディを思い返しますと、
真っ先に耳に飛び込んでくるのは 、実は、バッハでも、ショパンでも、ヴィヴァルディでもなく、
このシューベルトの幻想曲 ヘ短調D940の旋律なんです。

この曲は、シューベルトが音楽教師として雇われた
エステルハージ家令嬢への恋心を唄ったもので、
片思いの気持ちを込めて、彼女に捧げられたピアノ連弾曲であると
音楽祭のオフィシャルページには説明されています。

すなわち、シューベルトが、当時18歳のエステルハージ伯爵の娘カロリーネに
強い恋心を抱いてしまい、
「かなわぬ恋」の思いを込めて、この曲を作ったのだと説明されています。
事実、1828年の作品発表において、当のカロリーネに作品が献呈されていることから、
そのような曲の経緯が裏付けられているともいえます。

が、しかし、この曲は、単に片思いの気持ちをセンチメンタルに歌い上げたものなどではありません。
時には激しくピアノの鍵盤を叩きつけるようなメロディが繰り返されますが、
それは、シューベルトの、いまだ燃え盛る恋の思いを、
ダイレクトに音符に叩きつけたようなものでもありません。

それは、もっと、豊かで、エネルギーに満ちた、
そのエネルギーの塊がほとばしって吹き出した、
生命の躍動感みたいなものを感じさせる力のあるものです。

ところで、この曲は、シューベルトが亡くなる半年前に発表されたもので、
シューベルトの死因については、諸説言われていますが、
力溢れるその曲想は、
少なくとも死を間際にした人間の描いた曲などとは、とても想像できません。


 
実は、会場で、偶然知り合いの人と出会い、
その人は長い間、ピアノを嗜(たしな)んでいる人なのですが、
その終演後、ちょっと歩きながら話をしました。
その時、
「どうして死の間際に、シューベルトはあんなエネルギーのある曲を書けたんだろうね。」
と、尋ねました。

思いがけぬ不意の自分の問いかけに、
その人はちょっと面食らったような風でしたが、
「天才だから?」
咄嗟にそう答えてくれました。 
そう、その人の言うように、自分もそう思います。

しかし、天才とは一体何でしょうか。
それについては、時間もありませんでしたし、あまりしつこく聞いて嫌われたくなかったので(笑)
その人とは、その時、その話をしませんでしたが、
自分が感じるところ、天才とは、素材をその人間に入れると、
自動的に素晴らしい作品が出来上がるという機械のようなものではない。

天才とは、どのような境遇に置かれても、輝きを失うことのない、
いや、むしろ、逆境においてこそ、その輝きが際立ってゆく存在であり、
人生の苦しみと葛藤の中で、
その深みと豊かさを限りなく増幅する力を持った人間なのだと感じます。
そして自我に囚われることなく、しがらみに囚われることなく、
真っ直ぐにそのものと向き合っている。

この曲は、確かに、貴族の令嬢への片想いをきっかけとして、
作曲されたものなのかもしれません。
しかし、それに必ずしも心が囚われているものではなく、
それを、さらに豊かで普遍的なものへと昇華している。

そう感じさせる力が、この曲にはあります。

そして、それは、今回、自分が、シューベルトと出会った瞬間でもありました。

それまで、自分が決して気づくことのなかった、
見たことのない新しい世界が、今、目の前に広がっている。
それに気づいた瞬間のわくわくした心は、
何物にも代えがたい、魅力に満ちたもので、
シューベルトの音楽は、これから、自分の心の中で生き続けてゆくことだと思います。




連弾(1台のピアノを2人で弾く)の演奏の様子がよくわかる、
コンサートで聴いた演奏によく似た激しさを表に出した名演です。
https://www.youtube.com/watch?v=_ajgpW9c9v4

こちらはそれとは対照的に、
激しさを内に秘めた内省的な素晴らしい演奏です。
https://www.youtube.com/watch?v=bcmvfp2tHDk

なお、クラシック音楽のディスクなどでの聴き方ですが、
ボリュームをやや大きめで聴かれるのがよいと思われます。
ボリュームが小さ過ぎると、
クラシック音楽独特の弱音が聴き取れにくくなってしまうことがありますので。