らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「魔女のパン(Witches' Loaves)」O・ヘンリー

 
 
 
  
 
街角の小さなかわいらしいパン屋を営むミス・マーサ。
40歳にして独身の彼女は、今でいえばアラフォーの女性というところですが、
そんな彼女は、このところ店に来る、或る男性の客に興味を引かれていました。

眼鏡をかけた中年の男性で、ヒゲを清潔に整え、
あまり金持ちではないのだろうけれど、身ぎれいにしており、礼儀正しい人。

その男性は新しいパンではなく、
いつも決まって古いパンを買ってゆくのでした。

ある日彼女は男性の指に絵の具がついているのを見つけ、
彼は貧しい画家なのではないかと確信します。
そしてそこから彼に対する彼女の想像(妄想?)はどんどん広がってゆき、
その思いはささやかな同情心から、
次第に彼を慕うほのかな想いに変化していきます。

そして、日に日にその想いは募ってゆき、
彼女は、きちんと化粧をし、身なりもオシャレをして
店のカウンターに立つようになります。

そんな或る日、日に日にやせ細って、落胆してゆくように見える彼に、
ミス・マーサは、ささやかな優しい心遣いを
彼が買ったパンに忍ばせます。

そして彼が帰ってしまった後で、
自分の心遣いに気づいた時、私のことをどう思ってくれるのだろうと、
その想像が最高潮に達した瞬間、
物語は急転直下、悲劇の結末を迎えてしまうのです。



この物語は、「小さな親切大きなお世話」ということがテーマなんだという人がいます。
実は自分はこの言葉があまり好きではありません。
常日頃親切という心を軽んじて他人に接している人が、
親切心を小馬鹿に見下しているようにどうしても感じてしまうのです。

確かにミス・マーサの行ったことは、
好意を寄せる男性に真逆の結果をもたらしてしまいました。
しかし果たしてそれを責められるでしょうか。

相手のことをもっときちんと聞けばよかったのに…
という人もいるかもしれません。
が、それは必ずしも現実的ではありません。
全てを相手にオープンに聞くことが
却って失礼に当たることはいくらでもあります。

また、これは、他人への親切ではなく、自己満足のおせっかいだったのだという人もいます。
確かに理屈ではそのように区別できるかもしれませんが、
他人を思って親切にすることにより、自分自身満ち足りるということは
むしろ自然であるとすらいえますし、
ミス・マーサの所為は、決して自己本位の出しゃばりのアピールといったものではなく、
さりげない、相手のことを思い遣った
むしろ抑制の効いたものと感じます。


相手を慕い、何かをしてあげたいと思う気持ちは、
とても純粋で尊ぶべきものです。
しかし相手を思い遣るがゆえに、
全てをオープンにできないということも確かにある。
そこで相手にする、ささやかな、さり気ない思いやりの心。
しかし、それが必ずしも相手にきちんと届いて、
実を結ばない歯がゆさ、じれったさ。

そのような、人なら誰でも経験のある、心の機微のようなものが、
短い作品の中で、非常に巧みに表現されているように感じます。


ところで、この「魔女のパン」、翻訳の段階で「善女のパン」と訳されることもあり、
また登場人物の男性を中年ではなく、若い青年とするものもあるようです。

確かにミス・マーサは、善意で一連の行為を為していることから、
魔女というには気の毒で「善女」というべきなのかもしれません。
しかし、題名を「善女のパン」としますと、
善(よ)かれと思ったことが報われなかった残念なお話という
きわめて単調な感じになってしまうような気がします。

ミス・マーサの、相手に対する様々な気持ちが入り混じった「善意」により
ふとした拍子にパンに仕込んだ行為が、
意に反してとんでもない「魔」のイタズラともいうべき
結果を生んでしまったということを考えるならば、
原題「Witches' Loaves」の通り「魔女のパン」とする方がピッタリに感じます。

また、同じように、相手が年の離れた若い青年ですと
ミス・マーサの気持ちは単純な慈善心、同情心というものになってしまいますが、
彼女と同じ年頃の中年男性であれば、
その気持ちも、より複雑に変わってきます。

とするならば原作の趣意を最大限活かそうとするならば、
題名は「魔女のパン」であり、相手は中年男性でなくてはならないと自分は思うのです。


それにしても作品を読んでいて、
このアラフォーのミス・マーサの心情が、いじらしくていじらしくて・・・
これにめげずに是非とも素敵な出会いを掴んで欲しいものです。
あっ、彼女、架空の人物でしたね(-.-;)