らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「走れメロス」太宰治

 
走れメロス」は、太宰治の代表作とされる作品ではありますが、
その寓話的内容から、どちらかというと
青少年向けの作品と評価されることが多いようです。

自分が初めてこの作品を読んだのは、
中学生くらいの頃だったでしょうか。
その時の感想は
メロスとセリヌンティウスの2人の友情の物語。
その友情は頑(かたくな)な王の心さえも
改心させる強く素晴らしいものだった。
というようなところだったと思います。

それから二十年ぶりに、この作品を紐解いてみて、
大人になった自分が、この物語に一体何を感じたのか。
今回の記事では、それを記してみたいと思います。


冒頭「メロスは激怒した」と、
いきなり唐突に始まるこの物語。
飾り気がなく、どこかゴツゴツとして、愚直で正義感の強い
メロスそのものを彷彿とさせる文体が
物語を通じて一貫されています。

正義感の強い一途なメロスは、
義憤にかられ、人間不信の塊と化した王の暗殺を謀るも失敗。
即処刑されるところを、たったひとりの妹の結婚式のため、
僅かな日限の猶予を与えられます。
セリヌンティウスという親友を代わりの人質にして。

メロスが日限に戻ることがなければ、
彼が代わりに殺されてしまう。
急いで故郷に戻ろうとするメロスに
王は堕した誘惑をささやきます。
「ちょっとおくれて来るがいい。
おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

その誘惑を振り払いのけ、飛ぶように故郷に戻り、
妹の結婚式を執り行うメロス。
華やかな宴に参加して、少しでも永くとどまっていたいという未練の情を断ち切って、
彼は、友人の待つ市に急いで戻ろうとします。

しかしその帰り道、様々な災厄がメロスにふりかかります。
人間のちっぽけな営みをあざ笑うような、豪雨による河の氾濫。
王の命令で、メロスを殺すため待ち伏せしていた山賊の一隊。
正義や友情というものの成就を妨げようとする愚かな人間の仕打ち。

なんとかその試練をくぐり抜けるも、
真昼の灼熱の太陽が、河を渡り、山賊と闘って
疲労困憊した体力をさらに奪います。
遂に、メロスは疲れ果て、立ち上る事が出来なくなってしまいます。

「身体疲労すれば、精神も共にやられる。」
という通り、体力を奪われて、
当初の強い心を失ってしまうメロス。
「正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。
人を殺して自分が生きる。
それが人間世界の定法ではなかったか。
ああ、何もかも、ばかばかしい。」

そんなメロスを再び立ち上がらせ、
走らせたものは一体何だったのか。

自分は、おそらく体力と気力をほとんど失ってしまった真っ暗闇の中で、
メロスはなお一筋の光を感じたのではないか。
それは弱々しくも彼の心の中を貫く光。

メロスにとってセリヌンティウスとの友情をはぐんだ数々の出来事。
打算でも損得でもなく、純粋に心と心を契り合う関係。
作中には二人がいかなる交友をしていたか
具体的な記述はありませんが、
物語の描写からそれが見てとれます。

人間というものは、体力も気力も満ちて、お金などもあり、余裕がある時は、
誰でも格好良く振る舞い、立派なことを言うことができるものです。
しかし一旦、真っ暗闇に落とされてしまうと、
そんな世を渡るために着ていた衣服のようなものなど
簡単に剥ぎ取られてしまうものです。

裸にされてしまった人達は、自らの方向を失い、
ひたすらにその真っ暗闇の中で
ぐるぐると迷走することになってしまう。

しかし、そのほとんどを剥ぎ取られてしまっても、
心の中に、最後の光を持っている者は、
その光の感じられる方向に向かって、ひたすらに走ってゆくことができる。

ほとんど全裸体で、呼吸も出来ず、
二度、三度、口から血が噴き出しながら走り抜いたメロス。

彼の感じていた光は、か細いかもしれませんが、
真っ暗闇から彼を導くべく、一筋につながっていたものでした。

そしてその光は、それを目の当たりにした者にも光を与えました。
人間不信の塊であった王の改心。
メロスとセリヌンティウスの一筋につながる光を見て、
心に共鳴を覚えた王は、
これから先、たとえ真っ暗闇に落ちたとしても、
今までのようにうろたえず、疑心暗鬼にならず、
あの時見た光に向かって、
手探りでも自分の行くべき道を進んでゆくことができるのではないでしょうか。

人間がそのほとんどを剥ぎ取られた真っ暗闇の状態で、
最後に力を振り絞ることができる光となるものは一体何か。
そういう、人間の最後の力の導きになるようなものを
力強く示していることで、
走れメロス」は、大人も十分読むに耐える名作であると思うのです。