らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「大つごもり」樋口一葉

 
クリスマスが終わりますと、街は年の暮れに向かって、
がらりとその雰囲気を様変わりさせます。

正月のお飾りなどが売られ始め、
わずかになった年末の日々は、
年始に向けて、慌ただしさを増してゆきます。

今回取り上げる作品は、樋口一葉「大つごもり」。

「大つごもり」とは、大晦日の別称で、
この物語は、大晦日の日に、
女中奉公している少女お峰の身の上に起こった出来事を描いています。

冒頭から読み進めると、いつも読んでいる口語体の文章と少し勝手が違います。
何か文語と口語が混じっているような…
このような文体を、雅俗折衷というそうです。
口語体オンリーの文章と異なり、
文語独特のリズム感のようなもの、
雅な格調のようなものなどを感じます。
ちょっと意味が取りづらいかもしれませんが、
ゆっくり読めば、意外と内容はわかります。

読んでいて、その独特の文体から、
大つごもりを迎えた世の人々の気忙しさ、賑やかさ、
それに伴う喜怒哀楽の感情のようなものが、
一見淡々と、しかし情深く、
絶え間なく、さらさらと流れいずるがごとく描かれているような、
そんな気持ちになります。

女中奉公してるお峰が育ての親の伯父の家を訪ねると、
伯父は病に伏しているため、大晦日に米櫃もない貧しさの極み。
お峰は、中には芝居など見に行く家もあるのにと、
自分自身もつらい奉公の身でありながら、嘆き悲しむ様子。
頼みの綱の、家の働き手は僅かに8歳の甥っ子の男の子。
稼ぎもままならず、借金で首が回らず、利息さえも払えない。
そこでお峰は、自分の給金を2円前借りして、
借金の利息の返済に当てることを受け入れ、奉公先に頼みに行きます。
調べましたら、当時の2円とは女中の1ヶ月分の給金に相当するものだそうです。

今の世は不況不況とはいうものの、
食べる米が一粒たりとてなく、正月の餅も買えないというのは、
なかなか普通には無い話です。
そのような状態にもかかわらず、
互いに助け合いながら、
肩寄せ合って懸命に生きようとする
貧しい市井の人々の気丈夫さ、たくましさ。
そのようなものを、まだおそらく十代に過ぎないこの少女から感じます。

とはいうものの、人遣いが荒いので有名なお峰の奉公先。
なかなか主人に、前借りの申し出をすることができず、
やっとの思いで申し出ても、結局はすっぽかされてしまうお峰。

どんどん刻限は迫っており、
思い余って、引き出しに入っていた札の束から二円を抜き取ってしまいます。

この前借りを申し入れる時から、引き出しから勝手に拝借してしまうまでの
お峰の、そわそわ落ち着かぬ様子、
ああでもないこうでもないと思い悩む様子、
やむを得ず、引き出しからお金を拝借してしまう、
心臓がきゅーっとするような、いたたまれぬ思いなどが、
非常に臨場感あふれ、鮮やかに描かれています。

それは大つごもりの夜、主人が出先から帰ってきて、
お金の入った引き出しを開けるところで最高潮に達するのですが、
その顛末は、「引出しの分(のお金)も(全て)拜借致し候」
という、その家の放蕩息子の置手紙により、
お峰の仕業はうやむやの闇の中に。

お金の入った引き出しのすぐそばで、
飲んだくれてふて寝していた放蕩息子が、
実はお峰の一部始終を見ていて、それをかばってやったのか、
それともただの偶然だったのか。

とにもかくにも、大つごもりの夜は静けさを取り戻し、
静かに暮れてゆきます。

お峰に大金が転がり込むような派手な結末があるわけではありません。
なんとか、どうにか、大つごもりを無事に乗り切ることができたという、
ほんのつかの間の、ホッとひと息つく安堵感のようなもの。
ただそれだけです。
しかしそれは、心にゆっくり染み渡ってゆく、ほんのりとした
小さいけど温かな心根のようなものを感じます。
そういうほんのりと淡い味の心持ちは、
大仕掛けの刺激に馴れた、現代に生きる我々には、
少々縁遠くなってしまっているのかもしれません。


冒頭、ゆっくり読めば意味は取れると申しましたが、
やはり馴れてないと少々読みづらい。
そんな方には映画の「大つごもり」をお勧めします(自分は未見です)。
http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id136172/
にごりえ」と題する1953年制作のもので、
樋口一葉の短編小説「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」を
原作とするオムニバス映画。
お峰役は久我美子さん、奉公先の放蕩息子は仲谷昇さんが演じています。

レビューなど読むと、なかなか良い映画のようです。

でも原作には映画には代え難い、
美しい、文章の味のようなものが存在します。
ですから、一度はぜひ原作に目を通していただければと思います。