らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「原爆小景」原民喜


戦争が市民に対し、いかに酷い結果をもたらすかについては、
現在、様々な媒体を通して、目にすることができます。

主なものとしては、ビデオ映像や写真などでしょうが、
その他には、絵というものもあります。

自分が広島に行った時、原爆資料館で、被爆者が描いた絵を集めた小冊子を求めました。

もちろん描いた人は、プロの画家ではありませんから、
絵自体としては一見稚拙に見えるかもしれませんが、
しかし、ずっしり心に残る作品も多いのです。

 




 

 

原爆という、強烈に心に焼きついて離れない自分達の体験を伝えようと、
懸命に描いていらっしゃるからでしょうか、
被爆者の方々の描く線や色には、その思いが乗り移っているような感じを受けます。

対象の正確性という観点からは、はるかに写真の方が正確なはずですが、
時が経つと、記録写真のようなものについては、うろ覚えになってしまっても、
そのような絵は、線のひとつひとつ、色のひとつひとつまで、
くっきり記憶に残っていることも多いのです。


しかし今回は、写真や絵のような視覚に訴えるものでなく、
文学や詩のように、言葉や文字による作品を紹介しようと思います。

今回は、原民喜の「原爆小景」という作品。

作者も8月6日当日広島市内で被爆しました。

この作品は、詩…と言ったらいいんでしょうか、
詩とも、つぶやきとも似つかぬ言葉が、カタカナ混じりで、九編ほど連ねられています。



コレガ人間ナノデス


コレガ人間ナノデス
原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
肉体ガ恐ロシク膨脹シ
男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
「助ケテ下サイ」
ト カ細イ 静カナ言葉
コレガ コレガ人間ナノデス
人間ノ顔ナノデス




静かな語り口ながら、カタカナ混じりの独特な雰囲気とあいまって、
深く心をえぐられ、そして、それは表面を深く切り取ってしまった傷口のように、
拭いても拭いても表面から何かが滲(にじ)み出し、
いつまでもズキズキと疼(うず)くような、
そんな気持ちにとらわれます。

自分の気持ちの弱い時に読んでしまうと、
その強烈な念のようなものから、ちょっと具合の悪くなってしまう方もいらっしゃるかもしれません。


長々と詳細に説明した文章が、必ずしも人々の想像をかきたて、心に深く残るとは限りません。
感性そのままに発せられた、剥き出しの言葉の断片のようなものの方が遥かに、
読んだ人の心をえぐることがあります。

そのような言葉の塊(かたまり)は、
ビデオ画像や写真、絵といったものに劣るものではなく、
むしろ言葉の中に宿っているものにより、
より深く刻まれるものなのかもしれません。


戦争というものは、原爆も含めて、このような人々をたくさん作り出す可能性があるということを、
我々は、常に肝に銘じなければなりません。

これは疑いなき真実であります。

幸いにして日本においては、67年間、そのような戦争の惨禍から遠ざかっており、
曲がりなにも平和を謳歌しています。

しかし後世の人間のため、自らの肉体を裂く思いで、
自らの体験を語ってくれた先人達の遺した思いを、
常に心に噛みしめながら、現在を決断しなければなりませんし、
先人から受け継いだものを、更に未来の人々に、
間違いなきよう、きちんと受け渡していかねばなりません。

自分は、いわゆる絶対的平和主義者というわけではありませんが、
どのような選択をするにしろ、
戦争が、人々にこのような苦しみを強いることになることを、
まず常に頭の中に置き、行動しなければならないと思っています。



水をのみ
死にゆく少女
蝉の声


原民喜


青空文庫「原爆小景」