らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【閑話休題】「どん底」

自分の会社で、今月いっぱいで退職される大先輩がいらっしゃいまして、
その方は、以前、非常にお世話になった方だったのですが、
ぜひ送別会に出席させてほしいと幹事の人にお願いしておいたんです。

今日、会社でデスクワークをしていましたら、
幹事の方が自分の席に来て
「〇〇さんの送別会、日程決まったから」
と渡していただいた送別会のお知らせを見て、ちょっとびっくり。

お知らせの冒頭の部分に大きなゴシック体で
どん底
と大書してあるではないですか。

一体何事?ひょっとして会社を辞める先輩の心境?
などと邪推してしまいましたが(^_^;)、
お知らせの2枚目を見て、ちょっと納得。

どん底」は送別会が行われる店の名前で、
新宿で1951年から営業されているロシア風の酒場とのことでした。
 
ちなみに「どん底」とはロシアの小説家ゴーリキーの戯曲の題名にちなんだもの。
内容を読んだことはありませんが、
題名だけは、あー、そんなの確かにあったな。と辛うじて頭に引っかかっていました。

どういう内容かといいますと、
革命前のロシアの貧しい木賃宿を舞台に、
貧困という牢獄から抜け出そうともがきながらも、抜け出せないどん底にいる住人達が、
歌と酒だけを娯楽に日々の生活を送っていく物語。

というようなものですが、
この店も、雑多な雰囲気の中で、せめて今宵だけでも歌と酒で楽しもう。
というようなコンセプトであるようです。

実はこの店、幾多の有名人も訪れているようで、
送別会のお知らせには、三島由紀夫がこの店のことを書いた「世界的水準」というエッセイも
紹介してありました。

短い文章なので紹介しますと


「クノッフ出版社のストラウス編集長夫妻が、新宿へ遊びに行きたいというので、
案内して、まず若い人の大ぜい集まるロシヤ風の酒場「どん底」へゆき、
焼鳥キャバレー二軒をまわったところ、夫婦は大よろこびであった。 

酒場「どん底」では、どん底歌集というものを売っていて、
ある歌を一人が歌い出すと、期せずして若人の大合唱となる。
喚声と音楽が一しょになって、なまなましいエネルギーが、一種のハーモニィを作り上げる。
何んとも言えぬハリ切った健康な享楽場である。
夫婦はしきりにこれをアメリカの酒場との比較して、
日本人の享楽がかくも友好的で、なごやかで、けんかっぽくないのにおどろいていたが、
私も、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジの酒場の暗い絶望的なふんいきを思いうかべた。 
しかしワビだのサビだのといっていた日本人が、
集団的な享楽の仕方を学び、とにもかくにも一夕の歓楽の渦巻を作りうるようになったのは、
戦後の現象で銀座の恒久バアーでコソコソ個人的享楽にふけっている連中にくらべると、
焼鳥キャバレーやどん底酒場のほうが、よほで世界的水準に近づいているように、
私には思われるのであった。」



ここで送別会をするのかとワクワクしましたが、
残念ながら、その日の夜、名古屋に帰省し、
次の日早朝から、岐阜の父の実家に行く予定のため、
送別会は欠席ということになりそうです。

三島由紀夫などにも造詣が深い方だと知っていたら、
もっといろいろなおしゃべりをすれば良かったなと思ったりしましたが、
それは事情が事情だけに、致し方ありません。

最終日、会社内で簡単なご挨拶だけしようと思いますが、
店の名前の由来など全部頭に入れていても、
やはり「どん底」では、先輩を送別しにくいですね(^_^;)

どうしてこの店を選んだんですかとも、かなり後輩の自分では聞きづらいですし。

仕方がないので、
送別会に行った人の土産話を、せめてもの楽しみにしようと思う自分なのでした。
 
ちなみに「どん底」のホームページです。