らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【映画】ユメ十夜

 
 
 
 
 
 
 
以前、夏目漱石夢十夜」という作品を読みました。
その際、投稿いただいたコメントで、
夢十夜」をベースにした映画があると知り、
一度は見てみたいと思っていました。

それがこの映画「ユメ十夜」です。
2007年公開の日本映画。 夏目漱石の小説「夢十夜」を原作とする、
11人の監督(うち一組は共同監督)によるオムニバス作品。

このような小説の映画化は、映像化する中で必ず演出というものが伴います。
それぞれの作品にどういう演出がなされているか、自分は非常に興味がありました。

例えていうなら、元の素材にどういう味付けが為されているのか、
素材をひきたてる味付けなのか、素材の良さをダメにしてしまう味付けなのか。

ここでは以前、記事にした第一夜、第三夜、第七夜、第十夜についてと、
その他、特に印象に残ったものについて述べたいと思います。


第一夜

監督:実相寺昭雄
脚本:久世光彦
出演:小泉今日子松尾スズキ

夢に出てくる謎の美女は小泉今日子さんです。

それ自体はまあいいのですが、
この作品は、漱石と謎の美女の二人きりの独特の静寂がおりなす世界で、
静寂そのものが女性の美しさと幻想的な世界を醸し出していると思うのです。

が、この作品はとにかく騒がしく、画面が明るくカラフルすぎる印象。

謎の美女(及びその化身の百合の花)と語らっているうちに、
気付くと、知らぬ間に百年の時が経っていた儚(はかな)い夢みたいな物語が
タイムマシンみたいな感じで、百年経ったような演出になっています。

原作の静寂さと儚(はかな)さをほとんど消し去って、
時を超えた不思議な世界観だけを強調した全く別物の作品と感じました。

それが成功しているかどうかは、好みによるのかもしれません。


第三夜

監督・脚本:清水崇
出演:堀部圭亮

この物語は恐ろしい暗い世界に、知らず知らずに引きずり込まれていく
ホラーのような得体の知れないものを感じる作品です。

夢の中のような田園風景と黒くて暗い森の情景は、非常にうまく撮影していると思います。

しかし、主人公がおぶっている子供の、顔の作り物感に違和感を覚えてしまいます。
頬かぶりで顔を影のようにして、見る者の想像をかきたてるような演出はできなかったのでしょうか。

そして、最もこの作品の肝である、子供のおどろおどろしい語りが、
声優の子供の明るいトーンの棒読みで、話の流れを完全に断ち切ってしまっています。
セリフ自体は原作通りでも、全く闇に引きずり込まれるような感じにはなりません。

そもそも子供に情感を込めた演技をするのは、無理があります。
子供の声をした大人を起用するという選択はなかったんでしょうか。

原作に子供の声でとあるから、子供を使いました。というのでは少々演出に芸がなさすぎます。

原作を生かす演出の難しさ、面白さというものを考えさせられた作品でした。


第七夜

監督:天野喜孝、河原真明
出演:sascha(ソウセキ(声))、秀島史香(ウツロ(声))

なんとアニメーションです。
登場人物も外国人で、セリフも英語。

原作の設定とは全く異なる設定ですが、
意外にイケます。
全十話の中でも、最も成功している作品のひとつかもと感じました。

例えていえば、和食をフレンチに取り入れた料理のような感じです。

ただ、最後、原作にない、
海の底に沈んでゆく主人公を飲み込んだ炎のような魚が
空に舞い上がるシーンは蛇足を感じました。

料理で例えれば、最後の最後で、料理と合わない調味料をふりかけてしまったような、そんな印象です。


第十話

監督・脚本:山口雄大
脚本:加藤淳
脚色:漫☆画太郎
出演:松山ケンイチ(庄太郎)、本上まなみ(よし乃)

今をときめく松山ケンイチさんが主人公です。

全作品の中で最も演出による原作のデフォルメがなされている作品です。

千頭もの豚のおどろおどろしさを、このように表現したのかと、
成功しているかどうかは別として、よく考えたなという印象です。
ただちょっと斬新な演出すぎて、
料理に例えれば、斬新すぎて、ほとんど手をつけないで残す人もいるでしょう。

マンガチックですから、おふざけが過ぎると年配の方には受け入れ難い味つけかもしれません。

好きな人はすごく好きかもしれません。ごく少数のマニア向けかも。

しかし豚のおどろおどろしさの描写としての牛丼の作り方、
牛丼チェーンからクレームが来てもおかしくないおどろおどろしさです。

あと、本上まなみさんもよくあの役どころを引き受けたな(^_^;)
女優魂とはちょっと別ではないかと思ってしまいます。


第六話

監督・脚本:松尾スズキ
出演:阿部サダヲ(わたし)、TOZAWA(運慶)

記事には取り上げなかった作品です。


あらすじは、
運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判を聞き、
その姿を見て、自分でも仁王像を彫ってみたくなり、家にある木を彫り始めるが…

というものですが、
一番演出をデフォルメしながら、原作にも忠実です。

最後の
「結局彫る人間のサイズに合ったものしか埋まってないのだ。
それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った」
という原作の伝えたかったメッセージも、一番心に残ります。

この作品が最も良かったという人も多いのではないかと思います。

演出もセリフも今現代最先端の流行りものに置き換えてアレンジしています。

しかし新しいとはいっても、
それは映画制作当時の今から5年ほど前のもの。

今見ると少々古臭さは否めません。

でも不思議ですね。
新しいものはすぐ古くなるのに、
古いものは古くなりません。
なぜでしょうね。