らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「瓶詰地獄」夢野久作

青空文庫には人気作品という欄があります。
夏目漱石「こころ」、芥川龍之介蜘蛛の糸」、太宰治人間失格」、
宮澤賢治銀河鉄道の夜」など名だたる名作を押しのけ、
1位となっているのは、夢野久作ドグラ・マグラ」。

ご存知でない方もいらっしゃるかもしれません。

戦前に創作活動をしていた作家で、
怪奇味と幻想性の色濃い作風で日本文学にユニークな地歩を占めるているとのこと。

ペンネームの由来となった「夢の久作」とは、
出身の九州地方の方言で「夢想家」「夢ばかり見る変人」という意味を持つそうです。

代表作「ドグラ・マグラ」とはどんな作品かですけど、
その常軌を逸した作風から一代の奇書と評価されており、
本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たすと称されているとか(-.-;)

読みたいのはやまやまですが、精神に異常を来すのはちょっと困るので(^_^;)、
今回は試しに短編の「瓶詰地獄」という作品を読みました。



ある日、海洋研究所に封をされた3本のビール瓶が送られてきます。
それはある島に漂着したものが届けられたのですが、
その中には、それぞれ手紙が入っており、それを読んでみると…
というのがこの作品の構成。

そういえばネットもなかった自分の子供時代、
日本の子供が手紙を入れて海に流した瓶が、太平洋の潮流に乗り、
何年もかかって米国西海岸に漂着したというニュースが新聞に載っていたような…

しかし、この作品の瓶の中に入っていた手紙は、
そのようなほのぼのとした内容ではありません。

まず第一の瓶の手紙は、無人島に漂着して助けを待っていた2人が、
船が助けに来たにもかかわらず、
これから2人で崖から身を投げますという自殺の遺書のような内容。

この2人がどういう関係なのか、どうしてやっと助けの船が来たのに自殺するのか、
詳細は手紙の文面からは不明。
ただ「私たち二人が犯した、それはそれは恐ろしい悖戻(よこしま)の報責(むくい)なのです」
とだけ書いてあり、2人というのは男女のペアなのかなということぐらいしかわかりません。

???のまま、第二の瓶の手紙を読むと、
それは第一の瓶を流す前に書かれて流された瓶なのでしょう。
2人のことが第一の瓶よりも詳細に書かれています。

船の難破で無人島に漂着した2人は4歳違いの兄妹で、島にはなんとか食料も水もあり、
なんとか生き延びてきた様子がわかります。
漂着時は11歳と7歳で、それから10年ほど経ったと書いてありますから、
第二の手紙が書かれた時は20歳と16歳くらいでしょうか。

漂着直後は、毎日聖書を紐解き、人間らしい倫理観も維持しつづけていたことも伺い知れます。

しかし妹アヤコが長じるに従い、2人の関係に変化が生じ、
今まで維持してきた倫理観が揺らぎ始めます。
しかし具体的にどのようなことがあったかは、第二の手紙からも不明です。
しかし脈々と綴られる生々しい二人の様子から、
なんとなくぼやっと、2人の間にただならぬ何かがあったということだけはわかります。

第一の手紙から第二の手紙と事情が明らかになってきたので、
第三の手紙に何が書いてあるかと思いきや、全くの肩すかし。

第三の手紙には、漂着直後に書かれて流されたであろう助けを求める簡単な文章と、
市川太郎、市川アヤコという2人の本名しか記されていません。

手紙を書いた当事者は、瓶が島に漂着する時間を考えると、
とうの昔に崖から身を投げて自殺してしまっているでしょうから、
2人の間に具体的に何があったのかについては、もう聞きようがありません。

全ては闇の中。

もはやただ三本の瓶の中だけに詰められた世界。

作品は手紙を読んでいる読み手についての描写がないため、
まるで自分自身が研究所でその手紙を読んでいるような錯覚にとらわれます(書簡体形式)。

夢想的なような、不気味なような今ひとつ居心地の悪い読後感。
こういう居心地の悪い感触を楽しむ?小説なのかもしれません。

読者も、手紙が入っていた瓶に詰められ生殺し…
ということなんでしょうか。