らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「燃ゆる頬」堀辰雄

堀辰雄というと「風立ちぬ」など、どことなく淡く儚いパステルカラーのような純愛を描いた作家という
イメージがあります。

しかしこの物語はちょっと異色な作品です。
パッと読むと、今風の言葉でいうとボーイズラブ風とでもいいましょうか。

物語は主人公の私が17才で親元を離れて、学校の寄宿舎に入るところから始まります。
戦前のお話ですから、男子校の当然男子しかいない寄宿舎なのですが、17才といえば思春期真っ盛り。
やはり押さえきれないものとの葛藤が絶えずあるようです。

花を見ると、蜜蜂を自分のところへ誘おうとして、雌蕋(めしべ)を妙な姿態にくねらせているように感じて、
受精を終ったばかりの花を、いきなりむしりとってしまう描写などはその最たるものです。

そして、さらに妖しいのは、筋骨隆々のかっこいい先輩に誘われて、
2人っきりで理科室で顕微鏡をのぞくシーン。

主人公の私は顕微鏡をのぞいている目のもうひとつの目で、先輩の様子をうかがっているのですが、
「彼の頬の肉は妙にたるんでいて、その眼は真赤に充血していた。
そして口許にはたえず少女のような弱弱しい微笑をちらつかせていた。
…「見えるか…」彼の熱い呼吸が私の頬にかかって来た」

あれっ、堀辰雄ってこんな作風の人だったかな(^_^;)

その後も、同級生の三枝、彼は痩せた静脈の透いて見えるような美しい皮膚をもつ
薔薇色の頬の少年なのですが、
背骨に突起した脊椎カリエスの痕を私にいじらせるシーンなどはきわめて妖しい描写です。
もうお腹いっぱいな感じなので(-.-;)詳細は読んでみてください。

私は三枝と一緒に旅行に出かけ、鋸のような形をした山にいだかれた或る小さな漁村に到着します
(おそらく千葉県の館山近辺と思われます)。

そこで私は一人の眼つきの美しい漁にたずさわる少女に会い、すっかり心惹かれてしまいます。
と同時に、今まであれほど興味をもっていた三枝への思いが急速に薄れ、
二人は旅を切り上げてそれぞれの郷里に戻っていきます。

その後も何度か三枝から手紙をもらいますが、私は旅で会った少女に心を奪われ、
次第に返事すら出さないようになってしまいます。

ここまで読んでようやくわかりました。

私の同級生の男の子への思いは、道から外れた倒錯的なものではなく、
これからするであろう女性との恋愛の前段階としての擬似恋愛だったんだなと。

いわば、はしかみたいなもので、一時的に体を支配し熱が上がりますが、
一定期間を越えると急速に何事もなかったかのように収まっていくようなものといいますか。

戦前は今の中高生にあたる年齢は、男女厳しく隔離されて、
かつテレビでアイドルなど見ることもない閉鎖された環境ですので、
主人公のような過程をたどることは往々にしてあったのかもしれません。

数年後、私は肺結核になり、サナトリウムに入院し、
そこで三枝に似た脊椎カリエスの少年に出会います。

少年を見て昔を思い出し、甘酸っぱい気持ちになりますが、
これは大人になって初恋の女の子に似た女性に会ったのと同じこと。
あくまでも甘酸っぱい思い出にとどまって、その道を戻ることはありません。

少年同士ということに惑わされなければ、明らかにこれは純愛の類でしょう(^_^;)

自分などは頑なに小中高大全て共学だったので、ちょっとその気持ちわかりかねる部分がありますが(^_^;)、
それでもある種の純愛には違いないと思います。