らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【人物列伝】3  高杉晋作 ドラマ『JINー仁ー』を見て

 

 
 
今テレビで人気医療ドラマ『JINー仁ー』が始まり話題になっています。
簡単にあらすじをいうと、現代から幕末にタイムスリップした医師が、
現代医療を駆使して幕末の人々の命を救うというものですが、
実在の人物も登場し、坂本龍馬西郷隆盛の手術などもしています。

そこまでやるなら、
自分の好きな高杉晋作結核も治して欲しかったと思ったりしましたが、
実際、高杉が明治まで生き延びていたらどうなっていただろうと想像します。

まず一番想像しやすいのが、
彼の部下である山県有朋の明治期の地位にそのまま収まるパターン。
山県有朋は元帥陸軍大将、従一位、公爵、内閣総理大臣、枢密院議長、貴族院議員、陸軍参謀総長など
ありとあらゆる地位を極めたが、実力的に高杉がそれくらいになっても全くおかしくありません。

しかし死ぬ間際まで、「預」という部屋住みのような地位でもバリバリやっていた高杉が、
政府の役職に、それほど固執するかというとそうでもないような気がします。
そうするとそれなりに要職に就きながら、
それなりに自由に好きなことをした井上聞多(馨)パターンかもしれません。

海外視察などには、何が何でも行くと言ったと思います。
功山寺クーデター成功後の時でさえ、
海外渡航しようとしたくらいですから、
木戸孝允に直談判しても伊藤博文を締め上げても必ず行きたいと言ったことでしょう。

なお明治10年前後各地で士族の反乱が起こり、
薩摩では西南戦争が起こり西郷隆盛が自決、佐賀では佐賀の乱江藤新平処刑。
そして長州でも、功山寺決起にも参加した前原一誠が萩で挙兵し処刑されています。
高杉晋作が生きていたら、長州士族に担ぎ上げられて、
西郷隆盛みたいな最期を遂げていたのではないかという向きもあります。
しかし自分は、彼の幕末期の行動からそれはないと感じます。
彼は徒党を組んで多人数の勢に頼って何かをしようとするタイプではないし、
そういう連中に同情を寄せて運命を共にするタイプでもない。
 
結局高杉晋作が命長らえると、重要人物過ぎて収拾がつかなくなるので(^_^;)
『JINー仁ー』では扱ってもらえそうにありません。
もし生きていたらの想像も今ひとつ上手くいかないのは、
彼が何をしでかすか予想困難なキャラなせいもある(誉め言葉です)。
そこが彼らしいといえば彼らしいともいえるかも。


さて、番組内で高杉晋作の辞世の句は


おもしろき
こともなき世に
おもしろく

とされていました。

「こともなき世を」でなく「こともなき世に」としたのは、
一坂太郎氏の見解のようです。
一坂氏がどんな根拠でその説を取っているかは知りません。
しかし素直に句を読んでみると

おもしろき
こともなき世に
おもしろく

ですと、どこか一定の距離を置いたところから、
おもしろくない世の中を眺めて、
自分はそれとは別に勝手におもしろく生きようかという感があります。


おもしろき
こともなき世を
おもしろく

でこそ、自らそのおもしろくない世のど真ん中に入って行って、
おもしろくしてやろうじゃないかという
長州男子の意気込みといったようなものを感じることができるような気がするのです。

よって高杉晋作の人生を象徴する句としては、断然後者を支持したいと思っています。
 
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