らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【美術】特別展 三国志4 三国志英傑たちの墓

 

今回は三国志で名が知れている人物の墓の副葬品などについて
お話しようと思います。


呉の朱然
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E7%84%B6

孫権が最も信頼した重鎮の一人。

 

その墓で出土した蜀名産の漆器。


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「童子図盤」

呉と蜀は対魏との関係で同盟関係にありましたので、
蜀からの贈答物として呉にもたらされたものでしょうか。
朱然の墓にはこの他にも80点ほど蜀の最高級の漆器が出土しているそうです。
朱然といえば荊州攻防戦で、蜀の宿将関羽を捕らえた軍団の最高責任者でもあり、
当時の国同士のシビアな外交関係が感じ取れます。


それともう一つ興味深い副葬品があります。


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「熨斗(うつと)」

これ何だと思いますか。
古代のアイロンなんです。
この器の中に炭などを入れて器を熱し、
器の重みで衣服のシワを伸ばして綺麗にしたんですね。
実を言うと今の電気アイロンよりも、こういう型式のアイロンの方が衣服のシワはきちんと伸び、
ファッションのプロの業界でもいまだに使っているという話を聞きます。

副葬品にアイロンを入れるということは、相当身だしなみに気を使った人物、
というよりも主君孫権がきちんとした身なりを重要視する人物だったのかもしれません。

三国志演義に次のような話があります。
諸葛亮と並び称される龐統は呉国への仕官を求めて孫権の下に現れます。
しかし、あばた面に無精髭を伸ばし、よれよれの身なりといった見たくれの悪さと、
歯に衣着せぬ物言いが、
孫権には生理的に受け付けず、結局呉への仕官は失敗します。

あながち、ただのフィクションとはいえないかもしれませんね。

そうすると美周郎と言われた周瑜の墓などが発見されれば、
同じようにアイロンが発見されるかもしれません。

 


曹植
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B9%E6%A4%8D

曹植は曹操の次男であり、
数百年後に唐の李白や杜甫といった大詩人が現れるまでは、
中国史上最も有名な詩人でした。
しかしながらその生涯は不遇で、魏の皇帝である兄曹丕に疎まれ、閑職に追いやられ、
半ば軟禁状態で若くしてこの世を去ります。


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その曹植の副葬品、見ていて思わずなごむ動物の土偶。
墓の副葬品にありがちな権威や仰々しさというものをまるで感じさせない、
子供が作ったような朗らかさと愛らしさがあります。
まるで幼い子供が、死んだ父を偲んでその墓の中に入れたような。

逆に言えば、曹丕は皇帝のライバルになるような一族を、
徹底的に政治の関与から排除した政策を取りましたが、
まさにそれを象徴しているともいえるかもしれません。

 


近年発見された曹操の墓及びその副葬品は今回の展示の目玉の一つです。


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展示会で復元された原寸大の曹操の墓室。

曹操は死の間際にこのように言い残しました。

 

天下はなお未だ安定していない。
今は普段の時ではなく、
したがって古来のしきたりに従うことはできない。
葬儀が終ったら、皆ただちに喪服を脱ぎ、
兵を率いて軍務に服している者は、持場を離れてはならぬ。
役人はおのおのその職務をつづけよ。
納棺には平服を以てし、金玉珍宝を副葬してはならぬ。

 

それを反映してか、中国の2/3を制覇した 王者の墓としては非常に質素に感じます。
金銀財宝の類はなく、あるのは素焼きの陶器や青銅の鼎など。

言葉は悪いですが、
他の古今東西の王侯貴族のきらびやかな墓の副葬品に比べるとガラクタに見えます。

そして残念ながら、曹操の墓は過去幾度となく盗掘に遭い、
失われたものも多々あるようですが、
それでも興味深いものもいくつかありました。

 

 


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魏武王常所用格虎大戟石牌

 

副葬品目を刻んだ石碑で、この存在が曹操の墓特定につながったとのことです。
書いてある意味は、曹操愛用の虎をも倒す大戟。
よほど保存状態が良かったのか、文字がくっきりと現れております。

なお、石牌記載の大戟は発見されていないようです。

 


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白磁は隋の時代に始まったとされており、
もし本当ならその歴史を数百年遡ることになる大発見となります。

派手な装飾などはありませんが、
非常に丁寧で、確かにいい仕事してます(笑)という感じです。

 

 


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瑪瑙円盤

 

古代中国で宝石といえば玉(ぎょく)の類いですが、
このような瑪瑙は非常に珍しいそうです。
表面はつるつるで、当時研磨する機械などはありませんので、
人力で時間をかけて丹念に磨き上げたものなのでしょう。
金細工のような派手派手しさはありませんが、
実に味わい深くて渋い。
見ていて飽きない深みがあります。

まるで木星のような縞模様が実に不可思議な雰囲気を醸し出しています。

曹操はかなりハイセンスな渋い感性を持っていたのかもしれませんね(^_^;)

 


次の記事は、今までの記事で拾い切れなかった
特別展 三国志その他の展示物について書きます。