らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「夏の葬列」山川方夫 教科書名短篇より



            山川方夫肖像



この作品でまず目を惹くのが、その題名の鮮烈さ。

「夏の葬列」


大人になった主人公は、戦時中に、かつて疎開していた海辺の町を訪れ、
そこで小さな葬列を目にします。
その瞬間、彼は十数年の歳月が宙に消え、
疎開していたその当時にフラッシュバックしてゆきます。


小学校3年生の戦時下の夏。
小さな海辺の町に、東京から来た疎開児童の、彼とヒロ子さんの二人。
いつも自分をかばって優しくしてくれた、二つ年上のお姉さんのヒロ子さん。

そんな或る日、二人で見た小さな葬列。

そこに急速な爆音とともに不意に艦載機が現れ、
機銃掃射の炸裂音がすさまじい響きを立てて攻撃してきます。
白い服は絶好の目標になるという大人の叫び声に動揺した彼は、
自分を助けに来てくれた白い服のヒロ子さんを、
思わず突き飛ばしてしまいます。

その瞬間、突き飛ばされた彼女が、
強烈な衝撃と轟音に叩きつけられ、
ゴムマリのようにはずんで空中に浮くのを見ます。
ヒロ子さんは血まみれで、重傷を負い、
意識の無い状態で、担架で自宅に運ばれます。

翌日、戦争は終わり、 少年は、彼女の、その後を聞かずにその町を去ります。


この作品の題名、もちろん戦争が終わった夏、戦争を体験した夏ということもあるでしょう。
しかし、ヒロ子さんが着ていた白い服が最も映えるのは、やはり夏の青空。
主人公の脳裏に鮮明に焼き付けられているイメージとして、
「夏の」葬列という題名が最も似つかわしいと感じます。

幼かったとはいえ、自分が、ヒロ子さんを殺してしまったのではないかという良心の疼き。
その心の疼きが、
夏の青空と濃い緑、そして、鮮やかな白に象徴されていると感じます。

しかし、この物語は、まだ、これで終わりではありません。
現実に引き戻された彼は、十数年後のまさに今見た、
その葬列の主が、ヒロ子さんではないかと見留めます。
その遺影が十数年を経たヒロ子の面影にそっくりだったからです。
彼は、葬列に連なる子供に尋ねることで、その確信を得ます。

あの時、俺はヒロ子さんを死に追いやったのではなかったのだ・・


「葬列は確実に一人の人間の死を意味していた。
それをまえに、いささか彼は、不謹慎だったかもしれない。
しかし十数年間もの悪夢から解き放たれ、
彼は、青空のような一つの幸福に化してしまっていた。」

一人の人間が今、生を終えたにもかかわらず、
自己の良心の呵責の原因が存在していなかったことがわかり、
ほっと肩を撫で下ろし、幸福感にすらひたる主人公。
作品を読んでいる者も、一緒になってホッとしても良さげなものですが、
なぜか、すっとすっきりするものがありません。


しかし、この話には、最後の大どんでん返しがあります。
いつもはネタバレしてしまうこのブログですが(笑)
今回に限ってはそれを伏せておきたいと思います。

ただ、ひとつ言えるのは、良心の呵責のない、負い目の無い人間というのは、
意外にあつかましく、必ずしも尊敬すべき存在ではないということ。

良心の呵責とは、まことに苦いものです。
誰もそれを心に含んでおきたいとは思いません。
できれば、一刻でも早く、自分の心の中から吐き出してしまいたいと思うものです。
しかし、その苦みを、心に含んで生きてゆく方が、
人間は他人を傷つけずにいることができるのではないか。
あの日の「夏の葬列」を鮮明に心に含みながら、
生きてゆくことが大切なのではないかと感じます。

この作品は、ヒッチコック・マガジンという雑誌に掲載されていたことから、
よくできたミステリーだと評する人もいます。
しかしながら、自分は、人間の心の襞(ひだ)の深みを表現したものとして、
純文学としての評価したいと思います。


作者 山川方夫について
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B7%9D%E6%96%B9%E5%A4%AB


この作品は、青空文庫収録ではありませんが、
図書館などで比較的入手しやすいものです。
ぜひご覧になってみてください。