らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

文学名作論 夏目漱石「こころ」は名作か?



文学に興味がある方にちょっとしたニュースがあります。

朝日新聞夏目漱石「こころ」連載100周年を記念して、
明日4月20日朝刊より当時の仕様で全110回再連載するとのニュースを耳にしました。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11042831.html
自分は朝日新聞を購読してはおりませんが、
図書館などで閲覧してみようと思っています。
当時の読者が目にしていたのと同じ形で作品に触れられることは、
なかなか楽しい貴重な体験だと思いますので、
興味のある方はぜひご覧になってみてください。

さて、近年、夏目漱石「こころ」が果たして名作かという話題が持ち上がっているようです。

「こころ」の主人公である先生と親友Kの内向的態度は、
当のお嬢さんを蚊帳の外に置いたまま、確かに度を過ぎていると感じる部分もあり、
2人とも僅かなコミュニケーションさえあれば、
物語の顛末のような悲劇は避けられたのではないかと、
読んでいて自分自身、歯がゆい思いもしましたし、多少違和感を覚えたことも確かです。

しかし、それでも自分は夏目漱石「こころ」は名作であると思っています。

前提として名作とは何かということから始めなければなりませんが、
自分の独断と偏見による定義としては、
まず、人間の普遍的なものをテーマとしており、
それが非常に精緻に観察されており、
かつ、それについて深く掘り下げられていて、
何度読み返しても新しい発見があるもの。
というように考えています。

「こころ」については、そのテーマはエゴイズムだといわれています。
これは人間が何かを所有したい、独占したいという気持ちがある限り、
必ず人間について回る感情であり、
人類が存続する限り永遠のテーマであるといえるでしょう。

また作品を読みますと、この作品の人間心理への観察力の鋭さに驚かされます。
自分が名作と思うものはおしなべてそうですが、
夏目漱石の観察力ひいては洞察力というものは桁外れた深さと鋭さがあり、
通常人が見逃してしまうような些細な出来事、僅かな心の動きから、
そこに潜んでいる人間の本質をえぐり出すことに関しては、
他の追随を許さないところがあります。
 
そして人間はどういう時にエゴイズムに陥るのか、
エゴイズムを積み重ねてゆくとどのようになってしまうのか、
非常に丁寧に深く掘り下げられており、
かつ物語自体が推理小説の謎解きのような展開になっていることともあいまって、
冒頭からぐいぐいと読ませます。

作家によってはテーマ自体は普遍的なものであっても、
惜しいかな、それが今ひとつ表現に結実していないものがあります。
文学なのですから話を読ませなければならない。
夏目漱石はその点において、
表現も分厚く、細かいストーリーが有機的につながっており、申し分ないと感じます。


では、他に名作は?といいますと、
自分的には、人間の弱さというものをテーマにした太宰治人間失格」、
そして、この間読んだ、美をテーマとした坂口安吾桜の森の満開の下」も名作に推したいですね。
これらはいずれも「こころ」で述べたことがほぼ当てはまります。
また名作は文学だけに止まりません。
実は最近、人間の憎しみというものについて深く描いた映画を見ました。
一般的にはホラー映画と認識されている作品ですが、
人間の憎しみとはいかなるものから生じ、
憎しみが一旦発せられると、人間はどうなってしまうのかという事が、
非常に深く観察され、それが余すところなく描かれており、非常に感銘を受けました。

またいずれその映画の記事を書きたいと思っています。


さて、「こころ」の話に戻りますが、
夏目漱石の作品というのは1作品完結というようなものでなく、
それぞれの作品に脈々と同じテーマが受け継がれていると見た方がよいのもしれません。
後の作品である「それから」などは、
親友を裏切って恋人を得た主人公が他の全ての関係を断絶されながら、
社会に向かって一歩を踏み出すという
「こころ」の続編といいますか、パラレルワールドの別展開であるともいえます。

とにもかくにも連載されて100年が経過したのに、
多くの人に読まれ継がれ、テーマについて論議を沸き起こすこの作品は、
それだけでも名作にふさわしいものといえるでしょう。

なお、これは当たり前のことですが、
文学に接する趣向が異なれば、
当然名作と感じる作品も人によって異なってくるものです。
ですから、ひとつの遊びとして、
自分が名作と感じるものを考えてみることは、
自らの読書の趣向が浮き彫りになりなかなか面白いかもしれません。



(参考:夏目漱石「こころ」について書いた記事一覧)
http://blogs.yahoo.co.jp/no1685j_s_bach/folder/437248.html?m=l&p=2
いろいろ、あーでもないこーでもないと書いています。
よろしかったらどうぞ。