らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【人物列伝】18 八木登美子「もうひとつのひとすじの桜 ある詩人の妻の物語」後編

登美子は、陽二を亡くし、生きてゆく気力も失せ、虚ろな日々を送っていました。

そんなある日、登美子は、重吉が書き遺した詩稿を詰めたバスケットをふと開いてみます。



妻よ
わらいこけている日でも
わたしの泪をかんじてくれ
いきどおっている日でも
わたしのあたたかみをかんじてくれ



重吉の心が直に登美子を貫き、ポロポロ涙が頬を伝って落ちるのを止めることができなかった。
と彼女は回想しています。

重吉の魂に直に触れることのできる、今も生きている詩の数々。

桃子と陽二が成人したら、3人で重吉の遺した詩を詩集にしようと話し合っていたといいます。

桃子も陽二も亡き今、この世でそれができるのは自分しかいない…

登美子は重吉の詩稿を守り抜いて詩集にし、世の多くの人々に読んでもらうことが、
自分にしかできない、ただ一つ残された仕事だと悟りました。

彼女の心の琴の弦は切れることはありませんでした。


ほどなく、ある人の紹介で、今までの懐かしい思い出のある住まいを引き払い、
重吉がかつて入院していた茅ヶ崎の病院に住み込みで働くことになりました。

その合間にも登美子は、重吉の詩稿集めや詩集の依頼などで、
かつて重吉と親交のあった詩人や知己、出版関係の人々の間を奔走します。
それこそ雨の日も雪の日も。

そのうち「八木重吉の奥さんが原稿を持って歩いて苦労しているので、詩集を出せないだろうか」
などの声も出始めました。

そのような登美子の尽力が実って、最初の詩集が出版されたのは、陽二が亡くなって2年後のことでした。
戦時中の統制下のため僅か五百部でしたが、
それが戦後、重吉の作品を世に出す架け橋となったと回想しています。

戦時中は空襲のたびに防空壕へ持って入るものは、
重吉の詩稿を詰めた古バスケット一つのみ。


戦争が終わっても、登美子の闘いはまだ続きました。

しかし何人かの重吉の詩集の読者という人間が現れ始め、
彼らとの交流でどんなにか慰められ、
自分が、いかに重吉の遺した言葉に守られているかを感じたといいます。


戦後しばらくして、登美子は、鎌倉在住の歌人の吉野秀雄と再婚しました。
43歳の時でした。

おそらく登美子が重吉の詩稿集めや詩集の依頼などで奔走していた時に、知り合ったのでしょうか。

吉野秀雄は八木重吉の作品を世に知らしめる活動に熱心な人で、
2人はその行動を共にしました。

その吉野秀雄も登美子63歳の時に亡くなります。

登美子78歳の時、遂に筑摩書房から「八木重吉全集」が出版されました。

そこで登美子は「感謝」と題する一文を寄稿しています。

「昭和2年10月26日早暁、八木重吉は数え年三十歳で、余りにも早く昇天してしまいました。
この朝は実に美しい朝焼けであったと憶えています。
あれからもう55年経ちました。
私は平凡な女で、八木の全集を編むこともかなわず、年老いてしまいましたが、
いろいろな方々のご尽力により、いよいよ出ることになりました。
こんなありがたいことはありません。
毎年大学の卒業論文に「八木重吉」を書く学生が私を訪ねて来られますが、
この全集が出版されたことにより、老いた私がいつこの世を去っても、
八木のすべてをわかっていただけるので、本当に安心しました。
この「八木重吉全集」がいついつまでも多くの人に読み継がれますようにと、
私はひたすら祈り続けております。」(文中中略あり)


この世で為さねばならぬと思っていたことをやり終え、
余生を穏やかに過ごし、十数年後登美子は安らかに息をひきとりました。

平成11年2月永眠
享年94歳



自分も歴史などで数多の英雄豪傑の人生に接してきましたが、
この人ほど、ひたむきに人生を生き切ったという人に、
あまりお目にかかったことがありません。
彼女はずば抜けた知性や体力の持ち主というわけでは、もちろんありません。
失礼ながら、そういうことに関しては平凡な能力の持ち主であったと思います。

ただ、夫重吉の形見の作品を、使命感もって、ひたむきに守り、
彼女自身その詩に感銘を受け、励まされ、命を与えられ、
その詩のように生きようと懸命に努めてきたということは、間違いなくいえます。

次の詩は、彼女の人生そのものを言い表していると、自分は感じます。





綺麗な桜の花をみていると
そのひとすじの気持ちにうたれる



どう生きるか、どう死ぬかの本や情報にあふれながら、
人々が自分の生き方に迷いに迷っているこの時代、
彼女のひとすじの生き方には感じるべきものが多々あるような気がします。

最後に、
彼女も好きだった、家族全員揃った、つつましくも幸福感にあふれる詩を紹介し、
終わりにしたいと思います。






妻は陽二を抱いて
私は桃子の手をひっぱって外に出た
だれも見ていない森はずれの日だまりへきて
みんなして踊ってあそんだ





 
                            終