らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「野菊の墓」考 伊藤左千夫

以前大学生のブログ友達と話をしていましたら、
どうも昔の小説は古い感じがして読みづらい。
だからどうしても敬遠してしまう。
というようなことを言っていたことがありました。

確かに明治大正あたりの作品ですと、すでに百年経過していますから、
ものによっては背景の社会風俗や登場人物の設定に、
違和感を感じざるを得ない部分があるのかもしれません。

野菊の墓」で見てみますと、当時「いとこ婚は鴨の味」というようなことが言われたそうです。
それはいとこ同士の夫婦は仲睦まじいことが多いことを指すものだそうですが、
今を生きる自分にとっては少々違和感があります。
なにも好き好んでいとこと結婚しなくても…というのが正直なところでしょうか。
それに伴い政夫と民子の恋愛感情にも多少入りにくいものがあるのも事実です。

その他、戦前の「家」というものの権威やら当時の田舎の人々の反応など、
ああ昔はこういう社会だったんだなと、多少配慮しながら読まねばならないことも事実ではあります。

あとやはり当時の風俗、いわゆるファッションはどうしてもピンと来ないところはあります。

例えば、政夫が女性として意識して民子を見る描写で

「今日はしみじみとその美しさが身にしみた。
しなやかに光沢のある鬢の毛につつまれた耳たぼ、豊かな頬の白く鮮かな、
顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、
藤色の半襟や花染の襷や、それらがことごとく優美に眼にとまった」

わかりにくいのは髪型の鬢と服装の藤色の半襟や花染の襷辺りでしょうか。

あと山畑に綿を摘みに行く時のシーンも、
民子は政夫の母から「お前が菅笠を被って歩くと、ちょうど木の子が歩くようで見っともない。
編笠がよかろう」と笑われた。
という描写ですが、
現在の我々には、菅笠と編笠の違いなど直感的に頭に浮かばないもどかしさはあります。


つらつらと例を並べましたが、何を言いたいかというと、
物語のテーマ自体は少年少女のはかない恋心という、ある意味普遍的なものであるのに、
背景の社会風俗の違いのようなものに気を取られ敬遠してしまうのは、
ちょっと勿体ないかなということです。

かと言って、いろいろ調べながら読むというのもなかなか大変なことではあります。

ですからテーマ自体はそのままで、舞台を現代に移した作品みたいなものがあるようであれば、
無理して百年前の作品に固執しないでも、そちらを愛読していただければよいと思うんです。
ただし欲張りなことを言えば、両方読んでもらって時代を超えた共通のものを感じてもらうのが
ベストではあると思います。

勿論そういうことが気にならない方は、昔の作品をばりばり読んでいただければと思います。

野菊の墓」でいえば、いとこ婚、「家」のしきたり、
その他当時の社会風俗などの設定を取り払ってしまっても、
結ばれることのなかったティーンのせつない恋の作品もあっても良さそうなものです。
現在であっても、お互い想い合っていても結ばれないことっていうのは
いくらでもあるはずですから。

自分も月に一度自作小説なるものに挑んで悪戦苦闘しておりますが、
そういう視点で、物語を創作することができないか、あれこれ思案したりしております。