らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【人物列伝】5  野口シカ

「野口シカ」の名前だけで、誰かわかる方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
野口英世の母といえば、日本で知らない者はいないくらい知られた人物でしょう。

野口英世の母というと、目を離したすきに赤ん坊の英世が囲炉裏に落ちて左手を火傷し、
不具になってしまったエピソードがよく知られています。
その後英世が勉学するため一生懸命働いてお金を送り、
世界に名を挙げて帰郷した際、涙の再会をしたことなどよく知られたところです。

それまでの彼女の人生の道のりを見てみると、息子英世とは別に非常に興味深いものがあります。

野口シカは、1852年まだ江戸時代の世に今の福島県で産まれました。
世間では飲んだくれの夫と結婚し苦労したエピソードが知られていますが、
実はシカの苦労は生まれた直後から始まっていました。

祖父、母、父が4歳になるまでに相次いで失踪し、祖母と二人暮らしを強いられます。
8歳の時に祖母のリウマチが悪化しほぼ寝たきりになり、
野口家の行く末は8歳の少女の双肩にかかることになります。
子守り働きに出るのみならず、野良仕事、草履つくりなどなんでもこなし、
使いで貰った菓子は自分で食べず必ず寝たきりの祖母に持って帰ったといいます。
その甲斐なくシカ10歳の時祖母は亡くなります。
しかしその前後に父、母、祖父が帰ってきますが、
直後祖父は寝たきりになり父は再び失踪。
母と野良仕事に明け暮れる生活を送ります。

そうこうするうちに世は明治となり、二十歳でシカは婿養子を迎え結婚しました。
しかしこの夫がまた大変な人物で朝から酒浸りで、
郵便配達のバイトをたまにするも全て自分の酒代に。
なけなしの農地も酒代の借金のかたに取られ、
シカは夏は農家の日雇い、夜は湖で小エビを取り、朝早く売り歩く。
冬は峠をソリを引いて20?行き来する荷運びなどの重労働に負われます。

そんな中、英世が産まれます。
英世が産まれてもシカの過酷な労働の日々は続きますが、
そんな折英世が火傷で左手が不具になってしまう事件が起こります。
以来シカは、もはや農作業などできなくなってしまった英世の勉学を全力でサポートし、
黙々と過酷な労働を誰にも頼ることなくこなしていきます。
 
しかし英世が医師試験に合格し一定の給料をもらうようになり、
米国に留学するようになっても、シカの苦難は続きました。
飲んだくれの夫の飲み代や博打の借金を返し、
寝たきりになった自分の母の面倒も見なければならなかったのです。

シカは英世の望む道に進ませ、常に息子をサポートしました。
名前を清作から英世に改名するときもそうですし、故郷に帰らないで研究医になると言ったときもそうです。
しかも重労働の傍ら文字を覚え産婆の資格を取り、たくさんの赤ん坊を取り上げました。

しかしそのシカも62歳の時たった一度おねだりをしました。
帰ってきて一目息子に会いたいという願いです。

その時送った手紙の原本は猪苗代の野口記念館に保存されています。
なお同封されたシカの写真を見て、英世はあまりもの老いぼれ方にショックを受けたといいます。
この手紙は本来他人に公表されることを予定していない、いわゆる私信です。
ですから母の息子への思いが生のまま記されています。

ぜひ読んでいただきたいので【追記】にて全文を掲載します。
ゆっくり読めば意味は取れますのでぜひじっくり読んでみて下さい。
肉筆の手紙を読んでいただければ、さらにシカの気持ちが感じられるものと思います。

英世帰郷の際日本全国を講演しますが、
シカも同行しつかの間の旅を水入らずとはいきませんが楽しんだようです。

それから3年後、シカはインフルエンザから肺炎をこじらせ65歳で亡くなりました。
苦しい呼吸の間から、「セイサク、セイサク」とうわごとのように
息子の名前を何度もつぶやいていたそうです。


思うに。
この人は勇猛な武将でもなく、何かを発明した科学者でもなく、偉大な政治家でもありません。
ただの野口英世の母です。

しかし世の人に強い印象を与えて、人々の心に残っていることに関しては、
それらの偉人に劣るものではありません。
彼女がしたことは、自分の境遇を嘆かず、恨まず、
目の前のできることを、黙々と人一倍の努力でやる。
ただこれだけです。

もちろんそれは息子への愛情などに裏付けられたものもありますが、
結婚前からの生活を知るとそれだけでは説明のつかぬものもあります。
おそらくそれは人間としての素朴な責任感、使命感といったものかもしれません。

笑顔の息子英世と肩を組んで写真に写っている皺の深い小柄な老婆を見て思います。

この小さな老婆の一体どこにあんな力があったのか。

自分がいつも思うことです。
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