らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「入梅」久坂葉子

三日連続で久坂葉子さんになってしまいましたが、小説家としての彼女の力量を垣間見るまではと今回選んだのは「入梅」です。

この物語はいろいろな人のいろいろな人への想いが交差します。
自分の死んだ夫に対する想い、年老いた使用人の亡き妻への想いまた若い女の使用人への想い。
いずれもどんなに想いを注いでも満たされて成就することはない。
が、しかし彼女に唯一残された息子にだけはどんなにでも想いを注いでもいいんだと気付いたときの主人公の女性の安堵感が読んでいて伝わり思わずホッとします。
また子どもを見るときの女性ならではの優しさがにじみ出ており母親としての愛情の深さがよく表現されていると思います。

その時降っている「入梅」はこれから想いを注いで愛情を繁らせていく希望の象徴で、じとじとしたイヤな雨ではないですね。命を繁らす雨です。

そして物語に登場する年老いた使用人、若い女の使用人、絵ざらさ、クラシック音楽など実際彼女の身近に存在したであろうツールをうまく組み合わせて効果を相乗させ物語にうるおいを与えていると思います。


入梅」は自分的には「落ちてゆく世界」より好きな作品ですね。
題材がエキセントリックでないため世間的にインパクトが弱く賞とか無縁かもしれませんが、なにげない題材を佳作に仕上げるというのは難しくて力量が必要なんです。
久坂葉子さんもこういうものをたくさん書いて欲しかったです。
彼女はその力量がありますから。
でもこの手の題材は商業ベースには乗りにくかったかもしれません。
ひょっとしたら芥川賞候補で世間に名を馳せたことが却って彼女の作家人生もそして命そのものも縮めてしまったのかもしれないですね。