らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「こころ」先生と私 夏目漱石

 

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夏目漱石「こころ」は長くベストセラーを続けているらしい。
その理由はどこにあるのだろうか。
ふとした気まぐれで今回高校生の時以来「こころ」を読み返してみた。

「私」は鎌倉の海水浴場で不思議と興味ひかれる「先生」と出会う。
東京に戻って「私」は「先生」の家に行き来するようになり交流を深めるが、
毎月必ず欠かさない親友の墓参り、大学を出て以来どこにも就職せず毎日を送る様子、
「先生」の発言の節々から感じられる独特の人生観など、
交われば交わるほど謎が深まっていく「先生」の実像。
大人になって読んで小説の結末を知っていても、
ぐいぐい引き込まれる不思議な吸引力がある。
三部構成の冒頭「先生と私」はまさにミステリー小説そのもの。
「先生」とは何者なのか、どういう人生をたどってあのような人生観を得るに至ったのか。
それは主人公「私」自身の知りたい謎でもある。
だから読者は主人公「私」とシンクロして、
「先生」の意味ありげな一挙手一投足に何の意味があるんだろう
と思わずドキドキして読み進めてしまう。
このあたりが長きにわたり人気を保っている要因の一つといえるかもしれない。

それにしてもこの「先生」、高校生の時は四十代か五十代かと思っていたが、
計算してみると「先生」の年齢はおそらくまだ三十代ということになるようだ。意外と若いなあ(^_^;)
ということは自分は先生と似たような世代ということになる。

そう考えると先生というのは、精神が実にナイーブな人だと思う。
自分をはじめとする通常の人は久しく社会の風雨にさらされて、
心が鈍くなっている部分がある。
それは良いことでもあり悪いことでもある。

ひたすら二十年あまり罪の意識にさいなまれ、
悶々と日々を過ごしてきた「先生」。
社会に出ていない分、先生は良い意味でも悪い意味でも若く、
「私」はちょっと年の離れた物静かな兄のような存在で慕っていたのかもしれない。

しかし交流が深まるにつれ、
「先生」の心の核心を構成している部分がちらちらと見え隠れし始める。

「私」に実家に財産はあるのかと尋ねるシーンで「先生」は言う。

「君は今、君の親戚なぞの中に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。
しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。
そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。
平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。
それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。
だから油断ができないんです」

「金さ君。金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ」
私には先生の返事があまりに平凡過ぎてつまらなかった。

高校生の時分、自分も「私」と同じで「先生」の言葉にピンと来なかった。
しかし大人になって読み直すと「先生」つまりは夏目漱石の炯眼に驚く。
人間は自己の大義というようなもので裏切るのではなく、
自己のつまらないことのため、
例えば金や見栄など、他人を裏切ってしまう心の弱さがある。
それは古今、洋の東西を問わず共通している。
例を挙げれば聖書においてユダは銀貨30枚と引き換えにイエスを裏切った。
その他にも歴史上枚挙にいとまないし、自分自身も経験し、
もしかしたら、やってしまっているのやもしれない。

それは「先生」とて同じで、ここのくだりは「先生」の最終章の告白の手紙で語る
重要なポイントになっていると思う。

そして遂に「私」は「先生」にその思想の背景となっている過去を教えて欲しいと願い出る。
このシーンの「先生」の凄みというか、「私」とのやりとりは思わず息を飲むような緊迫感がある。
先生は過去を残らず話す約束をするが、適当の時機が来なければ話せないと言う。
一体それはいつなのか。
「先生」の過去とは一体どんなものなのか。
読んでいる側としては謎解きがいつ始まるのか読んでいてそわそわしてしまう。
結局この章では過去は語られることはなく、
「先生」と「私」は九月の再会を約してお別れをして終わる。

「こころ」はもともと新聞連載小説であったので、それなりの分量があるのだが、
読む際には結構最後まで一気に読んでしまうことがある。
それは前述した「先生」のミステリアスなキャラと、
次はどうなるんだろうと先をどんどん読みたくなる構成の巧みさにあるように思う。

また「両親と私」「先生の遺書」についてはそれぞれ後日に書きます。