らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「老いたる素戔嗚尊」芥川龍之介

 
 
皆さん、先日ほぼ日本列島を横断した形となった
台風19号大丈夫だったでしょうか。

今年は荒ぶる海の神もその動きが非常に盛んで、
台風のニュースが列島を賑わせることが多かったように思います。
今秋、出雲にて彼の末裔と皇室の女性との婚礼の儀が行われたため、
ひょっとしたら、居ても立っても
じっとしていられなくなってしまったのかもしれません。

今回はそのような荒ぶる海の神素戔嗚尊スサノオノミコト)の、
心の有り様をよく表しているのではないかと感じられる作品を紹介したく思います。


神々の住む高天原を追放され、流れ流れて出雲に辿り着き、
そこでヤマタノオロチを倒し、生け贄に捧げられようとしていた
美しい櫛名田姫(クシナダヒメ)を妻に娶り、出雲に居を構えた素戔嗚尊


八雲たつ
出雲八重垣
妻籠めに
八重垣つくる
その八重垣を


と、今の溢れんばかりの喜びと
未来に幸が無限に広がってゆく予感を歌に詠みました。

この歌は古事記に収録され、日本最古の和歌とされています。


しかし、長らく時を経て、最愛の妻櫛名田姫は病で亡くなりました。
剛勇を誇る素戔嗚尊も妻の骸の前で七日七晩涙を流し続けたといいます。

後に残された娘須世理姫(スセリヒメ)は、
亡き妻櫛名田姫にその面影をとどめた、
気高い美しさをもった女性に成長しました。
素戔嗚尊は須世理姫を見てどれだけ心が慰められたことでしょう。

そのような癒やしの日々の中、
須世理姫に伴われて、いきなり現れた若い男葦原醜男(アシハラシコヲ)。

愛する妻に先立たれ、妻そっくりの面影の娘と暮らす年老いた男の前に、
突然娘の彼氏が現れた。

このシチュエーション、この後の展開がどうなるか想像がつきますね(^_^;)

素戔嗚尊、最初からかなりの警戒モードです。
そして、そこで寝泊まりするように指定した蜂の室、蛇の室。
はっきり言って、娘の連れてきた彼氏を殺そうとしています(^_^;)

娘大好きのお父さん、しかもその娘に立ててもらっている人というのは非常に危険ですね(汗)

そして最も姑息なのが葦原醜男との水泳競争。
自分は海の神ですから、最も自分の得意なフィールドで相手をねじ伏せようなどとは、
大人げないといいますか、手段を選ばないといいますか。
あくまでも自分の力を誇示し、それに執着する姿はまさに「老いたる」素戔嗚尊です。

しかし、娘の彼氏葦原醜男はなかなか優れた若者です。
水泳競争でも海の神素戔嗚尊に引けを取りませんし、
素戔嗚尊に直接文句を言わないのはもちろん、
娘である彼女にも愚痴ひとつ言わずに黙々と理不尽な言い付けを守っている。
さすがに出雲を支配することになる後の大国主神オオクニヌシノミコト)、
因幡の白兎のお話で、ウサギに優しく接した好男子だけのことはあります。

あと、娘というものは結局最終的には彼氏を選ぶものです。
世のお父さんはそれを肝に銘じていなければなりません(^_^;)

というわけで、最後は娘とその彼氏の計略に、まんまとしてやられた素戔嗚尊

烈火のごとく怒り、二人の後を追いかけますが、
時すでに遅し。
二人を乗せた舟はすでに海に漕ぎ出し、沖に出ようとするところでした。

しかし、その刹那、素戔嗚尊は悟ります。


どんな英雄豪傑でも年を取り、衰えてゆくものです。
それは素戔嗚尊のように超越した力を持った者ですらも。
いや、そのような超越した力をもつ者の方が、
自分の衰えを強く感じるものなのかもしれません。

それでは、年老いた者は衰え萎んでゆく自己を嘆きながら、
世の定めを呪いながら死んでゆく他ないのか。

いや、そうではない。
自己の理想を託せる者を見い出すことによって
最後まで力強く生き抜くことができる。

そしてその意志は、後に続く者に託すことによって、
自分がたとえ亡くなってしまっても、
永遠に無限に広がってゆく。
まさに八雲がわきたつように。

自らの肉体と力だけにこだわり固執し続けることは、
小さなちっぽけなことに過ぎない。

それを悟り、二人を心の底から祝福した素戔嗚尊は、
それまでの数々の武勇を馳せたいかなる姿よりも、
輝きを放って悠悠たる威厳に充ち満ちてゐた。
というくだりで物語は終わります。


作者芥川龍之介は、
誰しもが逃れることのできない老いというものにどう向き合うべきであるか、
という普遍性あるテーマを古事記の神話に絡め、
それを見事に描ききっていると感じます。


しかしながら、最後に蛇足ではありますが、
作中の、素戔嗚尊の、娘の彼氏への立ちはだかり方が尋常ではなく、
葦原醜男的ポジションにある自分としては、
こんなお父さんが出てきたらどうしようと、半ばトラウマになってしまうような、
軽い目眩(めまい)を覚えるような思いが、
どうしてもかき消せないところがあります(^_^;)
 
 
 
 
 
 葦原醜男と須世理姫素戔嗚尊を嵌めるの図