らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「ゴッホの手紙」3 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ






アルルに移り、ゴーギャンとの共同生活を始めたゴッホでしたが、
その生活は、わずか1か月足らずで挫折しました。

個性の強い芸術家同士の共同生活というのは、
はじめから無理があったのかもしれません。

「二人の議論は恐ろしい電気の様だ。
それが終わると、まるで放電を終わった蓄電池のように、
へたばった頭を抱えて、二人は議論から出てくる。」


ゴッホの作品は、アルルの共同生活が挫折した前後では、
その質感が明らかに異なるものが見受けられます。
あたかもゴッホの心は、ガラスに石が当たり、
ガラス全体がひび割れ、見えにくくなってしまったのと似ていて、
今まではっきりと見えていたものが、
もはや、ひび割れて歪んだガラスの視野を通してしか対象を捉えることができない。





「サン・ポール療養院の患者の肖像」






オリーブの木々、背景にアルピーユ山脈」



ゴッホからすれば、長い間、温め続け、待ち望んでやっと叶った理想が、
またたく間に崩れ去ってしまったショックは、
心が壊れてしまうほどのものであったことは想像に難くありません。

アルルでの共同生活が破綻した直後、
彼は自傷行為(いわゆる耳切り事件)をした精神的危険人物として、
病院に強制的に入院させられます。


その精神病院の鉄格子から見える風景を描いた有名な「星月夜」





ぐるぐると渦巻く夜空の異様に迫り来る、
なんともいえぬ圧迫感。
迫力のある存在感ある作品として評価する人もたくさんいますが、
自分は、子供の頃、この作品を見ると、
なぜか脳がくわんくわんして、目が回るといいますか、
どうしても長く見続けることができませんでした。
自分的には、ゴッホの心奥を垣間見るような、 
彼の狂気の部分を強く感じざるを得ない作品です。



それでは、ゴッホの心は完全に壊れ、一部で言われているように、
この時期の作品は、狂人が精神の病んだ部分を吐き出したものに過ぎないのでしょうか。

ここに見て頂きたい作品が2点あります。




「糸杉」


南仏の人間にとって糸杉から連想されるものは墓だそうです。
古来から兵士が死んだ時は糸杉で棺桶が作られ、
それゆえに糸杉が死を象徴するようになったとのことです。

その話から、この糸杉は、ゴッホの死を予兆する黒い巨大な炎のようだという人もいます。
しかし、自分はこの荒々しいタッチの糸杉に並々ならぬ生命力を感じます。
どこまでも太く大きく空に向かって伸びてゆく生命力。

これは狂った人間が描ける絵などではありません。
死とは真逆の、太く大きく空に向かって伸びていく生命力そのものを感じさせます。








「花咲くアーモンドの枝」


ぱっと見ると三分咲きくらいの梅か桜の花を描いたと錯覚してしまう作品。
枯れ朽ちたような細い枝から顔をのぞかせる可愛らしいアーモンドの白い花は、
これから花開き、成長してゆく生命の発芽のようなものを感じさせます。
その大胆な構図は、浮世絵の影響を受けているのかもしれません。

実はこの作品、弟テオに子供が生まれた時に、ゴッホが描いて送ったものなのです。

「僕は早速、彼らが寝室にかけられるように、子供のための絵画を制作し始めた。
青い空に白い花を咲かせる大きなアーモンドの枝を描いた作品だ。」

「仕事はうまくいった。
花ざかりの枝を描いた最新のカンヴァスは、おそらく最高の出来で、
穏やかにかつ一筆一筆に大きな確信を持って、
最も忍耐強く描いた一点だということが分かると思う。」

かたや、雄々しく空に伸びていく糸杉の生命力、
かたや、これから花開かせようとするアーモンドの花の優しい命の力、
完全な狂人がこのような絵画を描くことができるでしょうか。



ゴッホが人生の最後に療養していたオーヴェールでは、
彼は猛烈な勢いで2ヶ月あまりで、70枚ほどの絵画を制作しています。
例えていうならば、一部が欠損してしまった人間が、
残った、なけなしの正気の部分で、形をまさぐるようにして描いたような作品の数々。
タッチは荒く、色も輝くような黄色は影をひそめ、青く暗い色調。
自分が崩れてゆくことへの焦燥ともがき。
その中で、なおも懸命に自分の求めていたものを手探りで掴もうとしていた。
最後の作品群を見て、自分はそのように感じます。





「オーヴェールの教会」






ゴッホが描いた最後の「自画像」






当初前中後編の3回で記事をまとめる予定でしたが、
少しはみ出てしまいまして、
全4回で次回最終回とします。
なお、本筋から少し離れたゴッホの手紙で、
取り上げたいものがありますので、少し間を置いて番外編を1回予定しています。