らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【クラシック音楽】モーツァルトのレクイエム

 

この間、芥川龍之介の未完の小説のお話をしましたが、
作品が未完なものは小説に限らず、クラシック音楽にもあります。
その中で最も有名な曲のひとつが、
モーツアルトのレクイエム ニ短調 K.626でしょう。

1791年の夏の終わり、見知らぬ男がモーツァルトの家を訪れます。
その男は匿名の依頼主からレクイエムの作曲を依頼しにやって来た使者であり、
高額な報酬、今の貨幣価値にして250万円の半金を前払いして帰っていきました。

他にも仕事が多忙で、体調もすぐれなかったモーツァルトは10月に入って
レクイエムの作曲に取りかかりますが、
体調の重度の悪化により、11月末にはほぼ寝たきりとなり、
12月5日の未明ついに他界します。
享年35歳。

レクイエムの依頼に関するエピソードから、
モーツァルトは死の世界からの使者の依頼で、
自らのためにレクイエムを作曲していたのだ、などという伝説が、
まことしやかに語り継がれてきましたが、
その本当の真相が明らかになったのは、
今から、たかだか数十年くらい前のことです。

モーツァルトの最後の作曲といわれる、このレクイエム、
全部で14曲で構成されていますが、
モーツァルトが完成させたのは、そのうち第1曲だけであり、
第2曲~第7曲、第9曲~第10曲については
合唱部と主要な和声のスケッチなど一部のみが自作、
第8曲は最初の8小節のみモーツァルトの自作で、
それ以外については全て他者による補完となっています。

要は作品全体の3分の1くらいがモーツァルトの自作ということになります。

なぜモーツァルトの未完の作品が、他者により完成されたかといいますと、
依頼料の残りの半金を手に入れるために、モーツァルトの妻コンスタンツェが、
弟子のジュースマイヤーに最終的に依頼し、完成させたことによります。
というわけでジュースマイヤーが補完して完成させたモーツァルトのレクイエムが、
いわゆる「ジュースマイヤー版」として長く世間で演奏されてきました。

しかしジュースマイヤーが補完したパートに対しては、
モーツァルトの作曲したパートと比較すると稚拙な部分が多く、
完成直後から多くの音楽家などから批判されてきました。
自分が聴いてみますと、何かゴチャゴチャしているといいますか、
表情づけがくどいといいますか、
確かにそんな印象の部分が多々見受けらます。

そこで現代の音楽学者がジュースマイヤーの勝手な創作部分を修正し、
モーツァルトならばこのように作曲したであろうという音楽を学術的資料的に分析して、
それを新たなレクイエムの補完パートとして発表したのです。
近年において、そのような新たな版が数多く発表され、
バイヤー版、ランドン版、レヴィン版、モーンダー版といったものが挙げられます。

しかし、それぞれ聴き比べてみますと、
確かにジュースマイヤー版のゴテゴテ感は改善されているとは感じられるものの、
しかしながら、モーツァルトが作曲したというのとモーツァルトらしく作曲したというのでは、
カニかまぼことカニ風味かまぼことの差と同じくらい味のパンチが違うといいますか、
特に本物と並べられると、その味の差が際立ってしまうところがあります。

そして芸術作品というものは、自己のインスピレーションの応ずるがままに為されるものですが、
学術的資料的に分析的見地からなされた作品というのは、
部分部分ではモーツァルトらしい美しさが感じられ、資料としてはなるほどとは思っても、
全体的には、聴いていてインスピレーションに欠け、
グイッと心に引き寄せる力にどうしても乏しいところがあるように感じます。

それでしたら、モーツァルトの指図に従いつつも、
自らのインスピレーションよって作曲したジュスマイヤー版の方が、
音楽の技術的に稚拙な部分があるにしろ、
その音楽のもつ力を認めざるを得ないのです。




ちなみにこちらは映画「アマデウス」のレクイエム作曲のシーンです。
http://www.youtube.com/watch?v=bKBMoYq1KS0
体調を崩し、ベッドで横になりながら口頭で作曲するモーツァルトに、それを筆記するサリエリ
というシチュエーションはフィクションではありますが、
死病に犯されつつも、音楽のインスピレーションがいささかも濁ることなく、
そのひらめきが彼の脳からとめどなく溢れ出てくる様は、
死の間際に作曲した傑作の素晴らしさを象徴しているように感じます。


最後にお勧めの演奏を一応。
自分はレクイエムについては、モーツァルト自作の声楽パートが美しい演奏が好きで、
いわゆる大指揮者によるオーケストレーションが重厚な演奏はあまり好きではありません。
この演奏の指揮者ヘレヴェッヘは合唱指揮者の出身であり、
合唱の造詣も深く、身をひたして聴くことができる名演だと思います。
長い曲ですのでどこか1カ所と言われれば、
映画「アマデウス」でも使われた部分の19分17秒以降をお聴きになってみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=s-yLvzw6HWE

なお、モーツァルトはその死後、共同墓地に埋葬されたとされ、
その亡骸がどこに葬られたのか今現在も特定されていません。
死後数十年を経て初めて、埋葬場所とおぼしき場所に記念碑が建てられ、
現在モーツァルト墓所とされるところは、そこから記念碑が移転してきたものです。



ウィーン聖マルクス墓地のモーツァルトの墓