らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【陶芸】休日の銀プラ&兜屋画廊作陶展

 

今日はすっかり台風も去り、久々の秋晴れの休日となりました。
ここのところ、家と会社の往復のみの毎日でしたので、
思い立って、ひさしぶりに銀座散策に出かけました。

今日の銀座はご覧の通り、歩行者天国になっておりまして、




所々で、銀茶会というお茶会のデモンストレーションのようなものが行われていました。




画像は、江戸千家による銀茶会の模様です。

白塗りの芸者さんは、本当に綺麗ですね。
外国人観光客の方々が、しきりにカメラのシャッターを切っていました。

さて、しばらくの歩行者天国の雑踏に、ちょっと疲れたところで、
銀座の大通り1つ奥に入ったところに、兜屋画廊という銀座の老舗の画廊があり、
つかの間の静を求め、入ってみました。

そこでは「弥延潤太 作陶展―書と共に―」という展示が行われており、
まさに外界の雑踏の「騒」の中の「静」の空間でして、
10畳ほどあまりの小さな空間に、こじんまりと、
氏の陶器とコラボレーションの浅見錦龍氏の書の作品が置かれておりました。


 
台座の上に陶器の作品が置かれ、
その上に書が壁に掛けられているという陳列だったのですが、
書と陶器がお互いに非常に良く引き立て合って、
それぞれの作品の力をよく引き出しているように感じました。
料理などで、具材と具材がそれぞれの良さを引き立て合って、
1+1が4にも5にもなる。ということがありますが、そんな感じに似ています。
個人的には抽象画のようなものでも、上手くコラボレートできそうに感じますね。

自分は陶芸にも書にも全くのド素人で、
ごくごく基本的な知識も持ち合わせておりませんが、
文学や絵画、音楽を観る時のように、感じたままを申しますと、
弥延潤太氏の陶芸作品というのは、
自然の土の質感というようなものを非常に大切にされており、
あからさまに人工的なものを感じさせない、
あたかも、土の中からひょっこりと陶器が現れたような
親近感、温かみというようなものを感じます。
 
陶器というものは、他の文学、絵画、音楽という芸術と比較しても、
食物や水を入れたりというような
極めて実用的な目的から発展してきた芸術です。
最初は変哲もない、ただの置物だったのかもしれませんが、
いつも身近に置かれていることから、
常にそれを用いている人々の、ちょっとした機知や遊び心で、
模様をつけたり、形を変えたりして、
そのバリエーションを豊かにしてきたものでして、
弥延氏の作品には、そのような素朴な遊び心が垣間見える気がしました。


 

 


なお、このような画廊での展示の、
大きな美術館で行われる展覧会と最も異なるところは、
その作品の作者の方と、じかにお話しさせていただくことができるということなんです。
自分が画廊に行った時、弥延氏はちょうど先客の方々と歓談中でして、
自分は一人黙々と作品に見入っていたのですが、
わざわざ声をかけていただきまして、
二言三言の会話だったのですが、少々お話しさせていただきました。
氏は非常に気さくな方で、かつ落ち着いた雰囲気を持っていらっしゃって、
おかげさまで、楽しいひと時を送ることができました。

今はネットが発達しており、キーワードを打ち込めば、
たちまちのうちに作品とその背景を知識として知ることができます。
しかしながら、実際の展覧会に行ってみると、
今までさんざん知っているはずの作品であっても、
その絵画や彫像の実物の質感、音楽の生の音の奥行きの深さ、
といったものに驚かされることがあります。

今回の陶芸作品もそうです。
実際、じかに触れてみることで、初めて感じ得る作品の質感というものが確かに存在します。

ですから、皆さんも機会あれば、ぜひ何らかの形で足を運ばれることをお勧めします。
昔の日本ならいざ知れず、
現代の日本ならば、非常に素晴らしい作品に巡り会えることが可能なんです。
また兜屋画廊のようなところも、非常にお勧めです。
ホームページを記しておきますので、
これはと思ったものがあれば是非行ってみてください。
もちろん入場料のようなものはありません。
これまでの展示作品については、
同ホームページ「Exhibition」の展覧会ムービーにて視聴可能です。