らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【旅】広島原爆の旅 20年後の原爆ドーム

 

時が経ち、再び広島を訪れたのは、
最初に訪れた時から20年ほど後のことでした。

会社の出張で広島に出向いたのですが、
20年ぶりに見た原爆ドームの感想は、
随分年老いたなという印象でした。

建物が時の経過で朽ちたというのとは、
ちょっと違うんです。

年老いた…まさにそのものの印象でした。

子供の頃感じた、中の静けさのようなものも、
あれっ…原爆ドームってこんなに奥行きのない建物だったかな…
と思うほど何も無いがらんどうにしか感じず、
ドームの天頂から、がらんどうに感じた内部に差し込む
日の光だけが、とても印象的でした。

それ以降も何度か広島を訪れる機会があり、
その都度原爆ドームを見に行きますが、
見る度に小さくなり、年老いてゆく印象があります。
かなりお年を召した年配の方が、
白蝋(はくろう)のようにお顔が白くなっているのを
お見かけすることがありますが、
ほぼそれと同じような印象です。


原爆ドームは、原爆がほぼその上空で炸裂したために
横からの衝撃や爆風を受けることなく
奇跡的に倒壊を免れた建物です。

それ以来、広島の町に立ち続け、はや70年が経とうとしています。
原爆投下直後の惨状から戦後の復興、
広島が水の都にふさわしい瑞々しさを取り戻した今現在までを
ずっと立ち続けながら見守ってきたわけです。

世界文化遺産に登録されているがゆえ、
これからも世界の人々に戦争の惨禍を知らしめるため
いつまでも保存しておかなければいけないということもわかりますが、
自分的には、このまま自然に朽ちるに任せて、
静かに眠らせてあげたいという気持ちも、実はあります。

物というものは、いずれ朽ち逝くものです。
それをいかに長く朽ちさせないよう保存するか
ということに頭をひねるより、
人々がその物のもっている意味というものを
いかに心に刻みつけるか。
こちらの方がはるかに大切なことのように感じます。

人々がその意味を汲み取っていくのを見届けて、
物はその役割を終え、静かに朽ちて逝く。
これが物の一生の、最も幸せなあり方ではないかとも思うのです。

なかなか現実は厳しく、困難は山ほどありますけれども、
いつまでも原爆ドームに寄りかかって
自ら意識を喚起できないというのも、
ちょっと例えがあれですが、
年老いた両親にいつまでも寄りかかり、
いい年になっても、いっこうに自立できない子供を
想起してしまうことがあります。



なお、万葉集の記事などでも申し上げたことがありますが、
この世界に最後まで残るものは、
人の心のあり方であると自分は思っています。
 
行った先々で、そこにあるものの息吹きに触れ、
その物に託した人々の思いを汲み取り、
感じたことを大切に積み重ねていけば、
旅は自ずからその人を豊かにしてくれる財産となります。

皆さん、この夏、ご予定のある方は、
どうぞ、よい旅をされますように。