らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【クラシック音楽】ジャクリーヌ・デュプレ 前編

 

もし無人島にたった一人の演奏家のレコードしか
持っていくことができなかったら…
という質問が、よくクラシック音楽ファンの間で
交わされることがあります。
自分も非常に迷いますけれども、
間違いなく、最後までその候補の中に入るであろう
心に深く留めている女性演奏家がいます。
今回はその彼女の話をしようと思います。


時は1961年、わずか16歳のチェリストの女の子が、ロンドンでデビューし、
その鮮烈なる演奏で世界に衝撃を与えました。



彼女の名前はジャクリーヌ・デュプレ。
英国人です。

曲はエルガーのチェロ協奏曲。
エルガーは英国の作曲家ですから、
お国ものの名曲を、まだ年端の行かぬあどけない
自国の少女が素晴らしい演奏をしたというので、
英国国内では大変話題になったようです。

デュプレの音楽は、一度聴いた者を決して離さない魅力、
魅力というよりは引力、引力というよりは
思わず引きずり込まれる凄みみたいなものにあふれています。
聴く者の心を引きずり込んで、
思わず虜(とりこ)にしてしまうパワーといいますか。
それがデュプレの音楽です。

ここでは彼女のデビュー曲である
エルガーのチェロ協奏曲を聴いていただきたいと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=JVTe8Zm1Xrk

デュプレのチェロがうなり出した瞬間、
周りの空気が一変するのがわかります。
オーケストラもそれに感化されるように
全体で非常に集中力の高い演奏をしているように感じます。

デュプレはデビュー以来、チェロの天才少女として世界中で絶賛され、
どこに行っても注目を浴びる存在でした。
そして、コンサートの共演がもとで、
こちらも才能あるピアニストのダニエル・バレンボイムと恋に落ち、
21歳で結婚。
バレンボイムは指揮者としての活動も行っていたので、
2人が共演したレコードは数多く残されています。

今回記事を書くにあたり、いろいろと音源を探していたのですが、
偶然、非常に面白いものを見つけました。
デュプレとバレンボイムが仲睦まじく、
リラックスしてピアノを弾いたり、
リハーサルをしている風景なのですが、
ここでは、デュプレのピアノに注目してください。
http://www.youtube.com/watch?v=mOLc1VGacq8
 
デュプレはチェリストであり、ピアノはいわゆる素人なのですが、
彼女の弾くピアノの素晴らしさにびっくりします。
全てのピアノの音が生き生きとしていて、
きらめきがあり、遊び心に満ちていて、
純粋に音楽と真正面に向きあっているというか、聴いていて驚きの連続です。

かつて大作曲家バッハが弟子に
「どうしたら先生みたいにオルガンが上手く弾けるようになるのでしょうか」
と聞かれ、
「ここぞという時に鍵盤を押す。それだけだ」
と答えたという逸話が残っていますが、
まさにそれを実践しているような演奏です。

演奏の合間のお喋りの様子など見ると、
何の変哲もないあどけない普通の若い女性です。
が、しかし、チェロを手にした途端に一変。
そのチェロから奏でられる音色は、
力強さと多彩な表現に満ちた
尋常でないものであることに今更のように驚かされます。

このように天賦の才を授かったデュプレは、
チェリストとしての世界的名声と人々からの賞賛に包まれ、
私生活では愛する夫と好きな音楽を奏でる仲睦まじい生活を送り、
既に20代前半にして、
世の皆々が欲する全てのものを手に入れた感があり、
幸せの絶頂にありました。

しかし、そのまさに望月のような光あふれる幸せの中で、
ある日、突然僅かな欠けのようなものが生じます。

1971年、デュプレ26歳の時、
ふとしたことで、指先の感覚が鈍くなってきたことに気付いたのです。

その時、そのことが、彼女の後の人生を大きく変えることになろうとは、
彼女自身も、その他の誰も想像しえなかったに違いありません。



後編に続く