らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【人物列伝】20 墨子



誰もが平和で安らかな世の中を望んでいます。
しかしながら、平和を実現する方法には、様々な考え方があります。

平和を実現する方法として非戦論を唱えた人々が、
今から二千数百年前の戦国時代の中国にいました。

彼らの名は墨家集団。
この思想の始祖は墨子という人ですが、
詳しい生没年や経歴などは不明です。
おそらく孔子と同年代ではないかといわれています。

それでは墨家の主張した非戦論とはどのような考え方なのでしょうか。

ここでいう非戦論とは、ガンジーの説く非暴力不服従とは少し違います。
ガンジーは武器による抵抗というものを否定しましたが、
墨家のそれは、自ら戦いをしかけることはありませんが、
侵略者から守り抜くための戦争を否定しません。

では墨家の考え方は、ガンジーより徹底されていない劣ったものなのでしょうか。

自分はそうは思いません。
それぞれの置かれた時代や情勢による、それぞれ極めて現実的な対処の仕方によるものではないかと思っています。

つまりガンジーの非暴力不服従は、
英国という相手に、第二次世界大戦後の植民地解放という気風の世の中では、極めて有効だったということです。

もし、これが最盛期のナチスドイツやスターリン独裁のソ連相手だとしたらどうでしょうか。

ガンジーは、時代の情勢と世界の人々の心を、よく読んでいたのではないかと思います。
その上で、インド独立の悲願を無駄な犠牲なく果たすに、
あのような手法を選択したのではないかと、個人的には思っています。

そんなことはない、非暴力不服従ガンジーの信念だという人もいらっしゃると思いますし、
自分はそれを否定するつもりも、ありません。

しかし、自分は、ガンジーは思想家宗教家である前に、まず政治家であったという認識です。
より現実的な視点をもってインド独立を導いたと考えています。

一般的に思想家宗教家は白で、政治家は黒というイメージがありますが、
それはある種の偏見といえるかもしれません。
思想家宗教家は、その思想教義を守るため、多くの人が死ぬことに無頓着なことも多々ありますから。

墨家の起こった時代は、数百年間、中国内部でたくさんの国がつぶし合いをしていた弱肉強食の時代ですので、
いわば力なき正義は無力な時代であったわけです。
ですから専守防衛を貫くという墨家の思想は、当時考え得る極めて現実的な平和主義であったといえます。

しかし、一言に専守防衛といっても、そうそう簡単なことではありません。

攻めというのは、相手の弱点をついて、一点を突破すれば達成されますが、
守りは全体の一点でも弱いところがあれば、そこから綻び、全てが台無しになってしまうので、
極めてシステマティックなものです。
全体に目を配り、より効率的に無駄なく、実利的に行動する必要があります。

墨子の思想が、現実的な実利を重視した技術力を持った集団であり、
儀式的形式的で無意味な行動を嫌い、宿命論を否定し、
それらに陥った孔子儒家を批判したのは、
決して偶然ではありません。

墨家の唱える非攻、尚賢(人の能力を正当に評価)、兼愛(平等主義)、非命(宿命論否定)、非儒(実利主義)は、
全てそれぞれが有機的に結合したものなのです。

墨家の思想は、貴族に対する批判及び儒家の礼楽尊重や非行動性に対する批判が、
手工業者、農民、都市自由民などから支持を受け、
儒家と対抗して二大勢力を形成しました。

しかし、戦国時代が終わり、平和な漢の世となり、儒教がいわば国教化されると、
墨家の一派は姿を消しました。

それから二千年間、人々から忘れ去られ、
その思想が再発見されたのは、今から二百年ほど前のことです。

しかし、半ば眠っていた古代の花の種が、現代に花開くように、
墨家の思想も現代にまた花開きました。

しかし今だに墨子云々を言うことは、
二千数百年前から、人の世はさほど変わっていないともいえます。

「1人殺した者は死刑になり、100万人殺した将軍は功績を讃えられる。
戦いばかりでなく、人々は小さな不正、小さな暴力に怒り、
大きな不正、大きな暴力に対する怒りを忘れている。
一体人々は本当に義と不義の区別をわきまえているのだろうか。」
というのは墨子非攻」の一節です。

この言葉が心に突き刺さる現代人の我々は、
墨子の説くところを、もう一度紐解く必要があるのかもしれません。

なお、墨家の活動については、
数年前公開された「墨攻」という映画で、大変よく描かれています。
興味ある方は是非ご覧になってください。
ひょっとしたら映画の記事、書くかもしれません。