らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【けっさんさん1月課題分】小説「狼の少年の物語」冬

森に冬がやってきた。
冷たい冬の風が森の木々の間を吹き抜け、
寒さのあまり木々達はさわさわと音をたてて震えていた。


その冷たい風が吹きすさぶ小高い丘の上に少年は立っていた。
少年の輝いた瞳は草原の向こうを、微動だにせずにじっと見つめていた。
その姿はりりしく、若さに満ち溢れていた。

少年は心身とも鍛えられ、立派な青年になりつつあった。


「もた爺の言う通り、やっぱり冬は厳しいな。
獲物の気配や匂いがまるでしない。」

「ああ、冬はこんなもんさ。
獲物もみんな体力を消耗しないよう穴ぐらでじっとしているからな。
雪が降り始めたらもっと厳しくなる。
わしらもまず第一に無駄な体力を消耗しないことだ。」

少年とは逆に老狼は次第に老いの色が濃くなりつつあった。
しかしまだその眼光は鋭い。


冬の獲物は穴ぐらにずっといるため、運動能力が著しく低下している。
冬でも暖かい日には、外にはい出てくることもあるが、
その動きの鈍った獲物を二人は確実に仕留めた。


やがて、冬が深まり雪がちらつき始めた。

さすがの二人もすでに何日も獲物にありついていなかった。
少年も老狼も疲労の色が次第に濃くなっていった。

ある日、老狼は少年を連れ出した。

「もた爺、どこに行くんだ?」

「まあ、黙ってついてくるんだ。」

老狼が少年を連れていったのは、すみかの森からかなり離れた葡萄畑だった。

「さあ、これを食うんだ。」

少年は初めて口にする甘い葡萄の味に驚いた。

「うまいな!これ。
もた爺、なんていう食べ物なんだ?」

「これは葡萄っていうんだ。人間が栽培しているのさ。
甘くて腹もふくれる。
たくさん食べるんだ。」

少年は口の周りを真っ赤にしながら、夢中で葡萄を食べまくった。

しばらくすると老狼が言った。
「もたん、そろそろ戻るぞ。」
「どうしてだ。まだ葡萄が残っているよ。」
「そろそろ人間が来る。行くぞ。」


帰り道、少年は老狼に尋ねた。
「もた爺、あんないいもの、今までなんで黙っていたんだ。」

老狼は少年を横目で見ながら、答えた。
「あれを知っちまったら、いざとなればあそこに行けばいいと思って、
狩りに身が入らんだろ。
あれはあくまでも最後の奥の手なんだ。
最初から計算に入れちゃいけないのさ。」


老狼の知恵のおかげで、二人はひと息つくことができたが、
それは長く続くものではない。
やはりいずれは獲物を仕留めなければ、生き延びることができない。


ある日、二人は一匹の鹿を遠くまで一日がかりで追跡し、
やっとのことで仕留めることができた。
もう冬の短い日が暮れて、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。

「かなり手こずったな。だが仕留められて良かった。
久しぶりの獲物だ。」

少年と老狼がやれやれという安堵の表情で顔を見合わせたその時、
二人はすぐ近くの真っ暗な森の茂みからただならぬ気配、
いや殺気というべきだろうか、を感じた。
ぎょっとしてその方向を見ると、それは大きな雄の狼がのっそりと姿を現した。

「まずい。ここは奴の縄張りだ。
獲物を置いて早く逃げるんだ。」

老狼はけたたましく吠え、少年に促した。

しかし少年はせっかく仕留めた獲物を離そうとしなかった。
やっとのことで二人で仕留めた久しぶりの獲物…
少年は躊躇した。

「ばか!何をもたもたしてるんだ。
そんなもん捨てて早くこっちに来い!
闘ってもお前なんかがかなう相手じゃない!」

しかし、その叫びよりも早く、その大きな雄の狼はすでに少年のすぐ間近にまで迫っていた。

少年よりもひと回りも、いやふた回りも大きい、
いかにも数々の戦いを生き残ってきた大きな雄の狼だった。

ふとその背後を見ると、一団の狼の群れがこちらの様子をうかがっている。

この雄の狼の家族だろうか。
雌と思われる大人の狼に何人かの子どもたち。

彼も自分の家族を守るため必死で命がけなのだ。

雄の狼は低く唸りをあげながら、ゆっくりと少年に近づき、
まっすぐに少年の眼を睨みつけ威嚇した。

少年も負けじと唸り声をあげながら、相手の雄の眼を睨みつけた。

雄の眼はなんともいえぬ深い色をした、こちらの気が折れれば、
へなへなとへたれこんでしまうような威厳と迫力に満ちた眼をしていた。

雄が雄叫びをあげて一歩踏み出すと、少年が飛び上がって一歩後ずさりし、
一歩踏み出すと、一歩後ずさりする。
そんな状態がしばし続いた。

ぴんと張りつめた緊迫感は、冬の凍えた夜の空気と混ざり合ってその一帯を支配していた。

しかしその状態も長く続かなかった。
相手の踏み出しに少年の動きがわずかに遅れた。
たちまちにして二匹は取っ組み合いになり、
やむなく老狼も二匹に割って入るように、闘いの渦の中に飛び込んでいった。
三匹の怒号や悲鳴、うめきといったものが
渦の中でぐるぐると幾度となく発られた。

しかし勝負はあっけなく決まった。
少年と老狼は宙に放り出されるように弾き飛ばされ、
獲物を置いて、ほうほうの体で逃げるしかなかった。


「ちくしょう、やられた…悔しい…かなわなかった。」

少年は悔しさで頭がいっぱいだった。

世の中、上には上がいる。
それにしても群れを守る迫力とはあれほどのものなのか…

少年の脳裏にちらっと自分の父親の姿がよぎった。

すると後ろの方で、どさっと何かが倒れる音がした。

地面に横倒しになるようにして倒れたのは、老狼だった。

「もた爺!おい、しっかりしろ!大丈夫か!」

少年の呼びかけにも返事はなく、目は半開きで虚空を見つめ、
ハアハアと苦しそうな荒い息づかいが、折からの寒気で白く大きく吐き出されていた。

老狼の体には無数の深い咬み傷があり、
その随所から血がにじみ出て流れ出していた。

どんなに呼びかけても、老狼は苦しそうに息を吐き続けるだけだった。

少年はどうしてよいかわからず、倒れた老狼の周りをぐるぐると回るしかなかった。

「もた爺、返事してくれ。もた爺!」

少年の長い長い悲しげな鳴き声が
いつまでも夜の冬の森の中にこだましていた。



続く