らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【けっさんさん1月課題分】小説「狼の少年の物語」夏

その夜は満月の月の光が、黒い森の奥まで差し込む明るい夜だった。
満月と相和すようにあまたの星々も煌々と夜空に輝いていた。


やがて満月が青い雲に隠れ、辺りが暗くなると
すっかり寝静まった群れから一匹がむくっと起き上がった。

少年だった。

少年は他の家族を起こさないように、そおっとその場を離れようとした。
が、その気配に去年生まれたばかりの末の弟が気づいてしまった。

「兄ちゃ、どこ行くの?おしっこ?」

「なんだ、もぞ、起きちゃったのか。
あのな、兄ちゃんはね、今日群れから出てゆくんだよ」

「…もう帰ってこないの」

「…ああ、たぶん。お前はまだちっちゃいから、母さん達みんなとここにいろ。
頼んだぞ、もぞ。」

「兄ちゃ…」

少年はもう弟の方を振り返らなかった。

やがて雲が離れ、満月の光が再び森を照らし始めたが、
末の幼子の弟はその小さなつぶらな瞳で、
月明かりに照らされ旅立つ兄の後ろ姿をいつまでもみつめていた。


少年は歩き続けた。
どこに行くかなど当てなどあろうはずがない。
ただ漠然と自分の未来に向かって歩き出した。


しばらくすると少年の後ろを誰かがつけてくる気配がする。

「!」

気配に気づいた少年は不安にかられた。

敵だろうか?
はぐれた一匹狼はよく狙われると聞いたことがある。

しばらく歩き続けて、少年は後ろを振り返った。

するとそれは群れにいた老狼だった。

「…もた爺、なんでここに」

「よおう、もたん。実はなあ、わしも腹一杯飯を食べたくてな、
お前と一緒に行こうと思ってな。迷惑かな?」

「迷惑じゃないけど…」
少年は老狼の真意を図りかね戸惑った。

二人はしばし無言で並んで歩いた。

老狼が口を開いた。
「なあ、ひとつ聞いていいか。
お前、父親とケンカして群れを飛び出したように見えたが、
父親を恨んで飛び出したのかい?」

「…いや、そういうわけじゃ。
うまく言えないけど、自分の力を試したくなったっていうか…」

老狼はニヤリと微笑んで言った。
「そうか、そうか。そういうことか。わしの話はこれでもうおしまいだ。そうかそうか。」


そして再び老狼が尋ねた。
「ところでお前、行くあてはあるのか?」

「…」

「ないんなら、わしがちょこっといいところを知っとる。ついて来い」

老狼は駆け出し、少年はその後ろについて走り出した。

二人は満月の光に照らされた夜の森を、一緒になって走り続けた。



それからほどなく、初夏の草原に二人の姿があった。
二人は狩りにくり出したのだ。

老狼は少年に言った。
「狩りというのはな、いかに少ない労力で獲物を仕留めるかなんだ。
一人では無理でも二人ならそれが可能なことがある。
まず一人が獲物を追い込んで、一人が待ち伏せする。
まずわしが追い込む役をするから、お前、待ち伏せをやれ」

一匹のウサギが野原に飛び出してきた。
経験豊富な老狼はジグザグに逃げるうさぎを最短距離で追い詰めてゆく。
そして少年の待ち構える場所に見事誘い込んだ。
「もたん!そっちに行ったぞ!」

少年はうさぎが飛び込んできたのに慎重になり過ぎ、
もう一歩のところでうさぎは少年の横をすり抜け逃げていってしまった。

「しまった!」

しかしもう挽回の仕様がない。
老狼は少年に言った。
「どんなに立派な作戦でも、最後の詰めが甘いと全て元の木阿弥になってしまう。
それを忘れんようにな。」
老狼は優しくかつ厳しく少年を諭した。

しかし、そんなこんなしているうちに、次第に少年もだいぶ狩りに慣れ、
待ち伏せ役も板についてきた。

仕留めた獲物は二人で分け合って食べた。
自分で仕留めた獲物の味は格別だった。


しばらくして本格的な夏になり、草の香が濃く匂うようになると、老狼が言った。

「今度はお前が追い込み役をやれ。
お前の父親やわしが追い込むやり方を見てただろ。
獲物にはそれぞれパターンがある。
それを体で覚えるんだ。」

最初は獲物のフェイントに振り回されて、無駄走りすることの多かった少年だが、
じきにコツをつかんで、なんとか最短距離で獲物を追うことができるようになった。

夏は獲物も数が多く、肥え太っているのも狩りの初心者の少年には幸いした。

待ち伏せて獲物を仕留めた老狼が言った。
「うまいぞ、もたん。お前はなかなか筋がいい。見どころがある。」

少年は老狼にほめられてちょっとはにかんだ。

二人はいつも一緒に行動を共にした。
夏の太陽のぎらぎらする日には、風通しのいい日陰で昼寝などをした。

夏の暑い日は獲物が水を飲んだ瞬間を狙うなど、
少年はいくつもの狩りのテクニックを老狼に教えられ、実践し、自分のものにしていった。

そうこうしているうちに、暑いぎらぎらした太陽も翳りを見せるようになっていた。

夏も終わろとしていた。

少年は少しだけ大人になった。



続く