らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【けっさんさん11月課題分】「寒戻りの梅」中編

しばらく二人は、みぞれ雨の降る中、静けさの中の、春の梅園を散策していたが、
おもむろに僕が沈黙を破った。

「…そろそろお昼でも食べようか」
彼女は黙ってうなずいた。

園内にあるレストランに入って、温かい食べ物と飲み物を口にすると、
彼女は幾分快活になって、他愛ないおしゃべりに花が咲いた。
いつもの彼女が戻ってきて、僕はホッとした。

食事も終わりかけた頃、彼女がバツが悪そうにバッグから包みを出した。
「実は…これ、お昼に一緒に食べようと作ってきたの」

それは彼女が、今日のために作ってきてくれたサンドイッチだった。

「なんだあ、もっと早く言ってくれれば、それ食べたのに」

二人は楽しくおしゃべりしながら、冷え切って冷たくなったサンドイッチを一緒に食べた。

その時の彼女の、はにかんだ笑顔を見て、今日誘って本当に良かったと心から思った。

別れ際、
「今日は楽しかった。ありがとう」
と礼を言って、地下鉄に乗ろうとした彼女に向かって、僕は思わず呼びかけた。
みゆきちゃん…」
彼女は振り返った。

「また…お互い帰省したとき、どこか一緒に行けるよね」
電車の出入り口付近に立っていた彼女は、手を振りながらニッコリとうなずいた。

やがて彼女を乗せた地下鉄は発車し、僕はそれを見送った。


数日後の卒業式及び教室で行われた最後のお別れ会では、
たまにちらちらと目が合うことはあったが、
お互いに同性の友達同士で固まっており、彼女と二人きりになる機会はなかった。

会の終わり際、彼女が駆け寄ってきて僕に言った。
「それじゃあ、私、友達と一緒に帰るから」
「じゃあまた夏休みに」
「手紙絶対書くからね」

僕が差し出した手に、彼女も応じてくれて、二人は笑顔で固く握手した。
彼女の手は細くて小さかったが、温かく力強い握手だった。
彼女が女友達と談笑しながら帰っていく後ろ姿を、僕は最後まで見送った。


四月から始まった東京での学生生活は、刺激に満ちた面白いものだった。
毎日見るもの見るものが新鮮だった。
彼女からも1ヶ月に2、3度の割合で手紙が来た。
同封されていた写真には、京都の名所に行った時のものやら、
友達と大学にいる時のものやらで、その楽しい大学生活を伺い知ることができた。

そうこうしているうちに、夏休みが近づいたが、少し残念なことが起きた。
彼女は夏休み中、イギリスに短期留学するというので、会うことが難しくなってしまったのだ。

僕自身も自動車の合宿免許などで半月ほど東北地方に出かけたり、ゼミの合宿などで、
どうしても日にちの都合がつかなかった。

残念だけど、まだ会うチャンスはこれからもある、
免許を取ったらドライブにでも誘おう、と自分に言い聞かせ、
彼女から届いたエアメールを眺めて、夏の日々を送った。

しかし夏休みが終わり、秋になると彼女からの手紙があまり来なくなってしまった。
秋が深くなり11月過ぎには、ぱったりと手紙が途絶えてしまった。
僕の方から何度も手紙を書いたが、なしのつぶてだった。

最初のうちは、忙しいのかなと思って控えていたのだが、
帰省したクリスマスに思い余って彼女の家に電話してみた。
何度も電話したが、誰も出ない。

そして年が明けて、お正月が来た。
彼女から年賀状は来なかった。
何度か彼女の家に電話したが、誰も出なかった。

ひょっとしたら年末から年始にかけて、家族で旅行に出かけて留守なのかもしれないとも思った。

しかし心の隅っこで、自分に関心がなくなってしまったのではないかと、ふと不安になった。

しかし僕は彼女の実家の住所電話番号と寮の住所しか知らなかった。
連絡が取れない限りはどうもしようがない。

2月の大学の試験が終われば、長い春休みがやってくる。
それまでに連絡を取って必ず彼女と会おう。
その時に、彼女にはっきり自分の気持ちを意思表示しよう。

そう心に決めて、三が日が終わり再び東京に戻った。

新春の冷たい風が吹きすさぶ、梅の花もまだ蕾の中でじっとしている季節のことだった。
 
 
 
                                                   続く