らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【けっさんさん11月課題分】「寒戻りの梅」前編

僕と彼女は高校三年の時、同じクラスになり知り合った。
四月の新学期当初、出席番号順に席が並んでおり、
ちょうど同じような名前順だった二人は隣同士の席になった。

彼女はショートカットにちょっと癖っ毛で、つぶらな目をした細面の愛らしい子だった。
天真爛漫な屈託のない明るさがあり、僕は彼女の笑う顔を見るのがとても好きだった。

二人はすぐ打ち解けて、よくおしゃべりするようになった。
彼女は通訳を志していて、僕はよく英語を教えてもらった。
反対に僕は彼女に数学や国語を教え、互いによく教え合いっこした。

授業中などそれが高じてしまい、先生から冷やかし半分に
「おい!そこの二人!授業中に仲良すぎるぞ!」と注意されてしまったことがあった。
クラスの冷やかしの視線を受け、思わず二人はうつむいて赤くなった。

しかしこの頃、彼女に対してはっきりとした恋愛感情のようなものはなかったと思う。
とても仲の良いクラスメートというのが一番近いだろうか。
けれども僕は彼女のことが好きだった。
矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、それが偽らざる僕の気持ちだった。

高校三年の月日の流れは早い。
定期テストやら予備校の模擬テストなどで、またたくまに夏から秋が過ぎ、冬が来た。
その間ずっと僕と彼女は晴れの日も、雨の日も、暑い日も、寒い日も、
図書室などで一緒に黙々と勉強を続けた。

年が明けると本番の入試は目前に迫っており、自然と教室の空気もピリピリしてくる。

そんな年明けの学期の初日、彼女が初詣に行って買ってきたのだと、
ピンク色の学業成就の御守りを僕にくれた。

「おそろいなの」
彼女はちょっとはにかみながら、自分の鞄につけてあるピンクの御守りを見せてくれた。

一月も終わると高校も休講となり各自自宅学習となり、
二月から始まる私立大学の入試にそれぞれ備えることになる。

当時はネットも携帯電話もない。
彼女がどうして過ごしているのか全く知ることはできなかった。
とにかく入試が無事終わるまではと、勉強に集中した。

僕は東京の大学をいくつか志望していたので、
彼女からもらった御守りを鞄にぶら下げて、何度か東京に足を運んだ。

三月も半ばが過ぎ、全ての入試も終わり、
合格報告の登校日が来たので久々に学校に行った。

果たして彼女はそこに居た。
僕の顔を見ると
「合格したんだね。私も合格したの」
と晴れたような笑顔で言った。

僕は志望の一つであった東京の大学に合格していたので、
四月から東京で大学生活を送ることは、その時点で確定していた。
彼女も京都の外語系大学に合格を決めていた。

教室では、入試ではあの時教えてくれたあの暗記法が役立ったとか、
二人で一生懸命考えたのと似た問題が出たなどと、他愛ないおしゃべりをしていた。

話も落ち着いてきた頃、僕は勇気を出して思い切って
「合格したお祝いに二人でどこかに行かない?」
と彼女を誘った。

彼女は一瞬考えるようにしていたが、にっこり笑って
「うん、行きましょうよ」
と誘いに応じてくれた。
二人で相談して、高校生らしく、動物園にのんびりと行くことにした。


あいにく約束の日は春から冬に逆戻りした、今にも雪が降りそうな鉛色の曇天だった。

彼女は白いワンピースに、ピンク色のコートを着て待っていた。
セーラー服の彼女しか見たことのなかった僕にとっては、新鮮でもあり、ちょっと照れくさくもあった。

冷たい風が時折吹いており、そのせいもあってか動物園は閑散としていた。
ほとんど他に客はおらず、二人は、寒さでじっとして動かない動物などを見て回った。
それなりに二人の会話ははずみ、歯を剥き出しにしたラクダなどを見て、顔を見合わせて笑ったりした。

ところが途中で運悪く、みぞれ混じりの雨が降ってきた。

彼女はあいにく傘を持ってきておらず、僕の持ってきた傘に二人は自然と入る形になった。

傘に入った彼女の横顔をちらっとみると、うつむいて少しこわばっているようにみえた。

お互いの呼吸が近くになると、なんとなく二人は無口になってしまった。

二人は黙って動物園にある梅園を散策した。
ひとつの傘以外には誰もいなかった。

せっかく咲いていた梅も寒の戻りのみぞれで、その花びらに冷たい雨しずくをたたえていた。

そのうち、みぞれ雨が少し強くなってきたので、
二人は傘の中で、自然と肩を重ね合うような距離に近づいた。

自然と二人の吐く白い息はますます白くなった。

「いやじゃない?」と僕が聞くと、
彼女は「うん、そんなことない」とうつむいたまま、消えゆるような声で答えた。

傘に当たるみぞれ雨の音だけがする、静かな春のひとときだった。
 
 
 
                                                続く