らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「夢十夜」第七夜 夏目漱石

第七夜


漱石は大きな客船に乗って、あてどなく来る日も来る日も大海を航海しています。
漱石自身、この船がどこに向かっているか知りませんし、船員に聞いても納得いく答えは返ってきません。

自分がこれからどこへ行くのか、心細さと不安感を抱いたまま船は進んでいきます。

この船には異人の客がほとんどであることから、漱石が英国に留学した時に乗った船の記憶でしょうか。

漱石は国費留学生として英国留学しましたが、当地でひどい神経衰弱になってしまい、
それは本国で夏目発狂と噂されてしまうほどのひどさでした。

英国に行く時の漠然とした不安感、精神を患い
病身で日本に帰ってくる時の自分の未来への心細さ・不安感などが、
この夢に反映されているのかもしれません。

夢十夜」を執筆していた頃の漱石は大学の教官を辞め、
職業作家として歩み出して間もない時期ですから、
それに対する心細さ・不安感などが呼び水となって、
英国留学の時のつらい思い出を夢に呼び起こしてしまったのかもしれませんね。

船の中で天文学を語る異人、ピアノに合わせて歌を歌う男女などと出会いますが、
漱石の心に留まらず、いずれも通り過ぎてゆく存在です。

唯一、女が船の手すりに寄りかかり泣いているのを見て、
悲しいのは自分ばかりではないのだと共感します。
しかし二人は触れあうことで、お互いの悲しみを解決しようとすることもなく、
やはり無言で通り過ぎてしまう存在に過ぎません。

船の中で孤独を癒されなかった漱石は遂に船から投身自殺してしまいます。

先日、別の記事でも書きましたが(【字余りのうた】36参照)、
夢の中でもなかなか無茶はできないものです。

自分は現実の世界で自殺をしようと考えたことは一度もありません。
考えたことがないから、現実の世界であろうと夢の中であろうと、
自分は自分の自殺を具体化することができないんです。

翻って夏目漱石が夢の中とはいえ、船から投身自殺して自殺を具体化しているということは、
現実の世界で自殺を試みようとしたことがあるのではと考えてしまいました。

しかし船から飛び降りてからがやはり夢。
海に着水するまでにかなりのタイムラグがあり、その間にいろいろな事を思います。
漱石は命が惜しくなってやめればよかったと後悔します。

しかし夢の中とはいえ、そこから急反転して空に飛び上がることはできないようです。
ここが夢の不思議なところですよね。

結局、漱石は飛び降りたことを後悔しながら恐怖を抱きつつ、黒い波の方へ静かに落ちてゆきます。

海面に着水する寸前くらいで、漱石は目が覚めたのでしょうか。
あー、夢で良かったと思う典型的な夢ですよね(^_^;)

しかし漱石の心の奥にひそんでいた記憶みたいなものが見え隠れして、誠に興味深い夢のように思いました。