らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【万葉集2011】11 生ける人つひにも死ぬる

今週最も興味深かった歌は



生ける人
つひにも死ぬる
ものにあれば
今在る間は
楽しくをあらな



大伴旅人



生きている人は
いずれ最後には死ぬ
ものであるから
今この世にある間は
楽しく生きていよう



です。
この歌、実は5月にも放送されたものです。
この番組、選者が多数いるため歌がダブることがあるんです。
ではなぜ一度放送された歌をわざわざ選んだのか。
それは同じ歌でも選者のアプローチの仕方によって多角的な魅力が引き出されることを感じたからです。

5月の選者は生物学者福岡伸一さんで、今回の選者は倫理学者の竹内整一さんです。

まず福岡さんは生物学者らしいアプローチで、詠み人大伴旅人の心情を解析します。
即ち我々は自分の肉体を確固たるものと捉えているが、
分子レベルで見ると、
絶えず壊すことにより新しいものを作り上げる作業を繰り返しているとのこと。
つまり絶え間なく物質やエネルギー、情報が交換されているので、
自分の肉体は分子の淀みのようなもの、うたたかなようなものとの事です。

万葉時代には当然そのようなミクロレベルではわからないけれども、
命の営みのある種の宿命に気がついて、この歌を詠んだのではないかと解説します。
命のあるべき姿を直感的に捉えているからこそ、
歌が朗らかであり大らかであり自然体であると。

少々穿(うが)った解釈かもしれませんが、なかなか面白い意見だと思いました。


他方、倫理学者の竹内さんは、
歴史的に日本人の根底にある確かな現世肯定主義を歌から見てとれると言います。
竹内さんは古代の旅人の「歌」、中世の「徒然草」、近世の「葉隠」いずれも、
まず現世をきちんと生きることを前提としており、
やみくもに来世で極楽浄土に行くことのみを期待して生きるべきではないことを
主張していると解説します。
旅人の生きた世は、
現世は無常で儚(はかな)いから来世で極楽浄土に生きることを主眼に説く浄土宗が台頭しており、
旅人の歌は浄土宗への挑戦の意味を込めているといいます。

要は生きているものはみな死んでしまうものであるから、
まず今をきちんと生きて楽しむべきなのだという旅人のメッセージを読み取っています。

両者とも捉え方は違いますが、
相排斥しあうものでなくアプローチの違いによる物事の見方の違いというものを感じます。
両選者の方の意見を聞いたことで、
旅人の歌に対する理解が多角的、三次元的にふくらんでより深く理解できたような気がしました。

歌の評釈に限らず物事の見方何でもそうですが、
様々な世代の、様々なフィールドの人々の意見を聞くことは、
物事の深い理解のため非常に重要なことだと改めて感じました。