らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「刺繍」島崎藤村

「刺繍」という美しい題名の小説がふと目にとまった。
島崎藤村は非常に美しい詩も書く詩人でもある。
刺繍を編むがごとく、どんな美しい言の葉を編んでいくのだろうかと読み始めた。

主人公の大塚さんは五十を越える初老の男性で、
会社を経営し、家には召使いや書生を置くなど、社会的にも一定の地位にある人物である。
そんな彼が、ある日会社に赴く途中、別れた妻おせんを偶然銀座で見かける。
おせんは別れた時25歳だったので、数年経った今現在でも20代後半。

結婚した時、大塚さんは40代前半で再婚。
おせんは20歳とかなり年の差があり、周囲は反対したが、それを押し切って結婚した。
しかしながら2か月あまりで、若いおせんの華美で快活な部分についていけなくなり不和となり、
結局5年で離婚。

風の頼りで医師と再婚したと聞いていたが、
久々に見る元妻は、五月の爽やかな風とあいまって、非常に魅力的に見えた。

彼女と離婚した後の火の消えたような家庭、暗い寂しい日。
それを考えたら何故あんな可愛い小鳥を逃がしてしまったろう、
何故もっと彼女を大切にしなかったろうという悔恨に苛まれる大塚さん。

家に帰っておせんの面影が残っているものを片っ端から探しまわる。

大塚さんも自分から嫌になって離婚しておきながら非常に勝手だと思うのだが、
後悔しても再び帰ってくることのない、若妻との日々の記憶を未練に辿る姿は少々哀れでもある。

もう離婚して数年を経ているので、家には若妻の思い出になる品はほとんど残っていない。
ところがふとしたところから彼女が手縫した刺繍が出てくる。

紅い薔薇の花びらが彼女の口唇を思わせるように出来ており、
彼はその花びらの部分を、自分の顔に何度も何度も押し当てるのだった…


ここまで読んでぴーんと来た人もいらっしゃるでしょう。
田山花袋「蒲団」ですね。

藤村よ、お前もかという感じです(^_^;)

自分、島崎藤村田山花袋と同じ自然派ということを忘れていました。

「刺繍」という題名は「蒲団」より格段に美しい響きがあるので、
想像していた内容との落差から裏切られ感は非常に大きいものがあります(^_^;)

ただ「刺繍」の方が「蒲団」より設定や描写は細部まで描かれておらず、
それほどリアルには感じませんが、まあ程度の差に過ぎないでしょう。

「刺繍」も「蒲団」同様女性には主人公の心情はなかなか受け入れ難いものがあるでしょう。
この手の小説は同年輩の男性がこっそり読んで、
「おー、ちょっとその気持ちわかるわかる」と秘かにうなづく類のものなのかもしれません(^_^;)