らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「カインの末裔」有島武郎

カインとは聖書における人類の始祖アダムとエバの長男で、
アベルを殺すことで人類史上初の殺人犯となった者のことです。
この罪によりカインは今まで住んでいたところを追われ流浪の身となりました。

カインの末裔」という題名から何かスマートな印象をもたれる方もいらっしゃるかもしれませんが、
この小説は北海道を舞台とした、極貧の小作人の生活の苦しさと自然の厳しさと彼らの雑念が、
とめどなく繰り返される土臭く泥臭い日々を綴った話です。

主人公の仁右衛門は妻と赤ん坊と三人でどこからともなく流れてきて、
ある農場で小作人として働き始めます。
小作人の生活は万事に事欠く有り様で、日々の労働と食べ物に追われ、
心の余裕など望むべくもありません。
自然と心も荒れ、悟りや静謐など無縁の世界です。
主人公は混沌とした雑念の中で生きている、というよりは蠢(うごめ)いているといった様相です。
当時北海道には日本各地から人が流れてきて小作人となったようです。
物語中の意味のわかりにくい様々な方言が飛び交う描写は、
雑然混沌といった主人公及び当時の小作人達の心の内を象徴しているかのようです。

たまたまうまく金を手に入れたとしても、女やら博打やらに手を出しすぐ散財してしまう。
貧しい時は逆ギレ及び都合の悪いことを無視して人々から不評を買い、
金のある時は横柄な態度を取り、やはり不評を買う。
主人公仁右衛門は次第に農場でも孤立していきます。
金があってもなくても、雑然混沌とした世界から抜け出すことはできない無知ゆえの悲劇というのでしょうか。

本州に住んでいる者が北海道に旅行しますと、独特の自然を意識せざるをえませんが、
北海道の冬の雪に埋もれた吹雪の描写など、
とにかくじっとしているしかない閉塞感というかやるせなさを感じます。
それはあたかも仁右衛門自身の人生の閉塞感を表しているかのようです。

結局仁右衛門は赤痢で赤ん坊を、事故で馬を失い、逃げるように農場から出ていくはめになります。
吹雪に煽られ、豪雪の中をあてもなくよろよろと身ひとつで立ち去っていく夫婦の姿は、
罪を犯したばかりに住むところを追われ永遠にさまよう「カインの末裔」そのものです。

有島武郎作品初見でしたが、「カインの末裔」は人の心と自然を絡めた描写や構成など無駄のない
なかなか巧みな佳作だと思いました。
機会あらば他の作品も読んでみようかと思います。