「夏目漱石論」森鴎外
森鴎外というと夏目漱石と並び日本の小説家の代表として必ず挙げられる存在ですが今ひとつなぜか縁遠い地味な印象があります。
かく言う自分も避けてきたわけではないのですが学生時代じっくりと読んだ記憶があまりありません。
三鷹の禅林寺には太宰治の向かいに森鴎外の墓がありますが太宰の墓には花が絶えないのに森鴎外の方は閑散としたものです。
この原因は何なんでしょう。
顔でしょうか笑
それはもちろん冗談ですが今回は明治の文豪森鴎外が夏目漱石について論評した文章です。
こんなのあったんだ、どんなこと書いてあるのか興味深々でしたが読んでみて少々肩すかしな感じ。
その昔紫式部がその日記の中で清少納言の悪口を書いたようなのを少々期待していたのですが森鴎外は大人ですね笑
悪口の類は一切書かれておらず既に作家として確固した地位を築いていた夏目漱石を終始評価しています。
が、しかしそれは少々棒読みの讃辞です。
陸軍のお偉方でもあった鴎外はひょっとしたら事あるごとに漱石についての論評を求められ辟易してこの文章を書いたのかもしれません。
いわゆる突っ込みどころのない悪く言えば事務的な報告書といったところです。
結論とし基本的に森鴎外は夏目漱石のことにそれほど関心がなかったんでしょうね。
かく言う自分も避けてきたわけではないのですが学生時代じっくりと読んだ記憶があまりありません。
三鷹の禅林寺には太宰治の向かいに森鴎外の墓がありますが太宰の墓には花が絶えないのに森鴎外の方は閑散としたものです。
この原因は何なんでしょう。
顔でしょうか笑
それはもちろん冗談ですが今回は明治の文豪森鴎外が夏目漱石について論評した文章です。
こんなのあったんだ、どんなこと書いてあるのか興味深々でしたが読んでみて少々肩すかしな感じ。
その昔紫式部がその日記の中で清少納言の悪口を書いたようなのを少々期待していたのですが森鴎外は大人ですね笑
悪口の類は一切書かれておらず既に作家として確固した地位を築いていた夏目漱石を終始評価しています。
が、しかしそれは少々棒読みの讃辞です。
陸軍のお偉方でもあった鴎外はひょっとしたら事あるごとに漱石についての論評を求められ辟易してこの文章を書いたのかもしれません。
いわゆる突っ込みどころのない悪く言えば事務的な報告書といったところです。
結論とし基本的に森鴎外は夏目漱石のことにそれほど関心がなかったんでしょうね。