らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

「山想う心」松濤明

本日は登山家松濤明さんの「山想う心」。

テーマは山に登らない人がよく思う「なぜわざわざ大変な思いをして山に登るか」です。

実を言うと自分は高校時代山岳部に所属していました。
名古屋の高校でしたから三重県鈴鹿山脈やら北アルプスやらいくつか登りました。
後年母が中高年の登山の会に所属したため社会人になってからも母の付き合いで登山したこともあります。
運動経験のない母の登山を最初は冷やかし半分で見ていましたが、今では北海道から九州まで様々な山を制覇した屈強な山女になり自分など足元にも及ばない存在になりました笑。

さて作者は山に登る人間は決して大変な思いをするのが好きで山に登るわけではなく、むしろ大変な思いをなるべくしないように心がけるものだと言います。

結局は作者曰わく人間の文化創造の本能である征服感、達成感などのある種ヒロイズムが山に登る原動力になっていると言います。
ジョージ・マロリーの有名な「そこに山があるから登るのだ」という発言もその延長線上にあると思います。

作者はあと重要な要素として山の美に憧れ、しかもそれの遠見に満足せず、もっと端的にその真っ只中へ飛び込んで一つに相解かれたいと願う心が重要だと言います。
そして山の美は人それぞれですが、それぞれ評価のすべてを貫いて流れるものは結局は山想う心であると結論づけています。

要は山が好きだから登るってことですね。
好きな理由は人それぞれで、まあ例えは悪いですが男性が女性を好きになるのと似たところがあるかもしれません。好きな理由もタイプも人それぞれなわけですし。
あと遠くで見てるより近くで見ていたいという願望もそういえば恋愛感情と似てますね笑

自分は山のどこが好きかというと静寂を愛します。
自分達以外の人的な音が皆無の世界。
下界で雑音を遮断する静寂とは根本的に静寂の質が違うんです。
だから富士山とか賑わってる山はあまり好きでないです。

確かに山には下界にない非日常性がありそれは人間を引きつける性質があります。
自然の前では人間などちっぽけな存在ですが山に登って初めて体感できる部分があります。
山にはそう思わせる力があります。

作者の松濤明さんもジョージ・マロリーも山で亡くなりました。
山の力、魔力とでもいうんでしょうか、それに魅入られすぎたのかもしれません。
悲しくて残念なことです。