らんどくなんでもかんでもR

はじめまして。文学や美術、音楽、そして猫のブログをしています。 よかったら、のぞいてみてくださいね。 Nice to meet you. I write about literature, art, music, and cats.

【人物列伝】4  孫ピン 前編

孫子の兵法というものをご存知でしょうか。
後世の軍事の戦略戦術に大きな影響を与えたのみならず、
日本ではビジネスなどに応用したハウツー本まで出版されたりしていますね。

兵法というと軍事学というようなもので、取っつきにくいと思われる向きもあるかもしれませんが、
つまるところ兵法とは人間心理の分析です。

二千数百年経っても今だ読み継がれるというのは、
その分析に合理性があり、普遍的な真理の核心を突いているからであり、
今もなおその内容は全く色あせておりません。

なお孫子の兵法自体は、
孫ピンの百年くらい前に活躍した孫武が記したものということで確定しているようですが、
今回紹介する孫武の末裔といわれる孫ピンとて、勝るとも劣らぬ能力の持ち主です。

孫ピン。ピンの字は((月篇+賓で1文字)月賓)。
中国戦国時代の兵家の代表的人物。
紀元前4世紀頃活躍。生没年月日不詳。
西洋ではギリシアとアケメネス朝ペルシャが盛んにやり合っていた頃です。
本名およびその父を初めとする家族に付いても不明。
本名は孫ピンなんじゃないのと言われるかもしれませんが、
ひん(月賓)とは刑罰の種類で、足の膝蓋骨のところで切断する刑をいいます。
ですから孫ピンとは、ひん(月賓)刑を受けた孫さんというぐらいの意味になります。


孫ピンは若い頃ホウ(广の中に龍)涓という友人とともに兵法を学び、
ホウ涓は魏の国で将軍になりました。
しかし後日ホウ涓は孫ピンを魏へ招待し偽りの罪に陥れ、
ひん(月賓)刑と額に罪人の印である入れ墨の刑に処しました。

その理由については、
ホウ涓が自分より優秀だった孫ピンを、亡き者にしようとしたからとも言われています。
膝の骨から切断されているわけですら、膝関節は機能せず、
自分で移動や日常生活もままならず全く自由が効きません。

孫ピンの心中たるや察するものがあります。
孫武の末裔として、斉の国で由緒ある家柄にあった孫ピンにとっては、
自尊心をめちゃめちゃにされ屈辱以外なにものでもなかったと思います。
普通であれば怒り狂って憤死したり、心が折れて精神まで不具になってしまうかもしれません。


しかし孫ピンは自己の自尊心をコントロールし、じっと静かに脱出のチャンスを待ちました。

その後、斉の使者が魏へとやって来た際に、
密かにこれと連絡を通じ、使者と計らって魏を脱出することに成功します。
脱出の経緯について司馬遷史記は詳しく述べていません。
しかし、相手の警戒心を解き、幾重もの監視をくぐり抜けて斉の使者と連絡を取り、
脱出に成功するには綿密な計画と長い時間がかかったに違いありません。

現代人は心のコントロールが下手だと言われますが、
その中でも自尊心を傷つけられたり、屈辱を受けたりした時の対応が最も不得手かもしれません。
自尊心が傷つけられたり屈辱を受けて、思わずカッとなって逆上し感情的な行動に走ってしまったり、
逆に心が折れ世間から離れ引きこもってしまう。
よくある話です。

しかし孫ピンはそれらの心を見事にコントロールし、最終的に自分の目的を遂げました。


【人物列伝】で孫ピンをなぜ取り上げたかというと、
自尊心が傷つけられ、屈辱を受けた人間が、その心を完全にコントロールし、
鮮やかに目的を遂げることの爽快感を、読者の方に味わっていただきたかったからです。

長くなりましたので、孫ピンが故郷斉に帰った後の話は後日に。